新型コロナウイルス研究 #05

遺伝子検査システムのユビキタス化を。分析装置の開発から安心安全の社会を目指す

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  • 治療薬開発

薬学部 医療薬物薬学科
生体分析化学教室 森岡 和大 助教

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新しいPCRシステムの構築を目指す -- 遺伝子検査をより多くの人に

新型コロナウイルス (COVID-19) の感染流行は、人々の健康や経済活動に甚大な影響をもたらしています。特に新型ウイルスの流行初期や変異株の出現時には、爆発的な流行を最小限に抑えるための徹底したクラスター対策が必要です。クラスター対策には、できるだけ多くの国民を対象として遺伝子検査を実施することが重要であると盛んに叫ばれてきました。しかし、これは現在においても実現されておらず、課題として残されています。その理由として、遺伝子検査には大型かつ高価な専用装置(リアルタイムPCR装置など)や専門性の高い知識・技能を習得した検査従事者の技術が必要となることが挙げられます。“いつでも” “だれでも” “どこでも” 簡便かつ迅速に遺伝子検査を実施できる検査機器があれば、より多くの国民が遺伝子検査を受けることが可能になると考えられます。私たちの研究室では、ガラスキャピラリー(細長いガラス製の管)を利用した分析法の研究に取り組んでいます。ガラスキャピラリーは、内部に微少量の試料や試薬を容易に導入できることや、内部に導入した溶液の温度を迅速にコントロールできる等の利点があり、遺伝子検査に有用な分析ツールであると考えられます。本研究では、ガラスキャピラリーを反応容器として利用する新しい遺伝子検査技術(キャピラリーPCR)の確立とキャピラリーPCRシステムの開発を進めています。

covid-reseach_04-2.jpg森岡 和大 助教

covid-reseach_04-3.jpg以前の研究で開発した、ガラスキャピラリーを用いる分析装置

キャピラリーPCR -- 少数の検体検査をよりスピーディーに

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遺伝子検査によく利用されるリアルタイムPCRは、「試料と試薬を混ぜた溶液を異なる温度で加熱処理し、蛍光シグナルを検出する」という操作を数十サイクル行うことにより、目的遺伝子の増幅・検出を行います。1サイクルの操作は、二重らせん構造のDNAを一本鎖に引き離す「熱変性」、一本鎖DNAとプライマーを結合させる「アニーリング」、DNA ポリメラーゼによって対となる塩基配列を構築する「伸長反応」、目的遺伝子の量を検出する「蛍光検出」が含まれます。これらの操作はペルチェヒーターを搭載したサーマルサイクラーと蛍光光度計が一体化した「リアルタイムPCR装置」により実行されます。この装置は、多数の検体を一挙に検査することが可能ですが、一つのヒーターを加熱・冷却させる必要があり、温度制御に時間を要します。一方、キャピラリーPCRは、溶液を入れたガラスキャピラリーを複数の定温ヒーター上や検出デバイス内を移動させることで加熱処理・検出を行います。キャピラリー内の溶液は数 µL と微少量であり、加熱・冷却を迅速に行うことが可能です。ヒーターの温度を変更する必要がなく、温度制御に必要な時間も短縮できます。キャピラリーPCRはリアルタイムPCRと比較して、少ない数の検体を迅速に検査することを得意とします。

人々の安全・安心な暮らしを分析装置の開発から支える -- 装置の評価とともに実用化へ

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本実験で用いる新型コロナウイルス感染症検査キットは、遺伝子増幅量の指標としてCyanine5(Cy5)という物質の蛍光を検出します。そこでまず、Cy5の蛍光を計測するための検出デバイスを作製しました。デバイスは、赤色 LED(光源)、励起光カットフィルター、フォトダイオード(光検出器)、3D プリンターで作製した構造体から構成されており、ガラスキャピラリーを挿入して簡単に蛍光を検出できる仕組みとなっています。市販のサーマルサイクラーを用いて、陽性コントロールと陰性コントロールがそれぞれ入った反応液のPCRを行い、その溶液を入れたキャピラリーをデバイス内に挿入すると、陰性コントロールを含む溶液では蛍光は検出されず、陽性コントロールを含む溶液で蛍光が目視で検出できました。この結果は、開発したデバイスを用いて増幅した遺伝子の量を評価できる可能性を示しています。また、キャピラリーPCRシステムを、リニアアクチュエータ、制御用電子回路(Arduino)、ヒーター、サーモスタット、電源、検出デバイスを用いて構築しました。アクチュエータの停止位置や停止時間のプログラムをArduinoに入力し、アクチュエータに固定されたガラスキャピラリーを前方・後方に移動・停止させることで、検体の加熱と蛍光検出の操作を自動化できます。実験から100サイクル以上の動作を安定して実行できることがわかりました。現在、開発したシステムを用いる新型コロナウイルス感染症検査を検討しており、装置の評価とともに実用化への準備を進めています。人々の安全・安心な暮らしを、分析装置の開発から支える研究をこれからも続けてまいります。

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