2. チーム医療の薬剤師 ~チームの中で様々な役割を担う~

チーム医療とは?

加藤
「チーム医療」という言葉が原作でも多く登場しますが、これから薬剤師を志す高校生にとって馴染みのあるキーワードだと思います。富野先生はチーム医療とはどのようなものだとお考えですか?
富野
難しいことを聞きますね(苦笑)。私たち薬剤師をはじめ、すべての医療従事者が普段、当然のように行っていることなので、取り立てて説明すると言葉にしづらいですね。ただ、例を挙げるなら……、たまたま今日(取材当日)の当直の患者さんの例ですかね。双子を妊娠した34週目の患者さんだったのですが、今日彼女の話を聞くと、「数日前から息が苦しい、耳の聞こえが悪い」と話されていたんです。薬歴を見てみると、数日前にリンデロン※4を打っていて、それが原因かなと思ったんです。しかもリンデロンを調べると、リトドリン※5と併用注意となっていて、水が溜まる可能性があるんです。それに気付いた私は、看護師の方に「呼吸をよく見ておいて」と経過観察を促したり、カルテに記載して医師への申し送りを行なった、ということがありました。一人の患者さんを様々な医療従事者が看ていくのですが、その中でも薬剤師は“薬の専門家”。だからこそ、患者さんの容体や薬歴などを見つつ、提案や注意喚起を行っていくことが私たち薬剤師に求められている専門性です。チーム医療とは、それぞれの医療従事者がその専門性を発揮しながら、患者さんの治療を進めていくことかもしれませんね。
  • ※4
    ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム。合成副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)。本症例においては、早産が予想される場合における母体投与による胎児肺成熟を介した新生児呼吸窮迫症候群の発症抑制を目的に投与している。
  • ※5
    リトドリン塩酸塩。子宮収縮抑制剤。緊急に治療を必要とする切迫流・早産に対して投与する。リンデロン(ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム)との併用により、体内の水分貯留傾向促進に伴う肺水腫を起こす可能性がある。両剤は双方の添付文書にて「併用注意」と記載されている。
4巻61ページより引用

チームの中で発揮する、薬の専門家としての強み

加藤
他の医療従事者とチームで取り組んでいく上でどのようなことを心掛けておられますか?
富野
このイラストでも描かれているように、私たち薬剤師が考えていかなければならないことがあると思うんです。どうしてもカルテなど“紙”の上だけで患者さんを判断してしまうこともあります。ただ、患者さんがどう考えているか、実際に薬を使って体にどのような変化があったかなど、患者さんの反応や声を聞きながら、薬剤師としての知識と経験を生かしたアドバイスをしていく必要があると思います。その点は常に意識するようにしています。下枝先生は、現在でも都内の病院での実務を行われていらっしゃいますが、いかがですか?
下枝
患者さんによっては、薬剤師への期待を感じる場面もあります。紙(薬の説明書など)に書いてあることの説明ではなく、自身の服用薬との関連や評価などを求められることも少なくありません。このように薬に関する客観的な情報提供を行いながら、患者さんの容体に合わせたアドバイスをしていくことが求められます。一般に“チーム”と聞くと通常、“連携”や“協力”などのワードを連想しますが、薬の専門家として自身の職責を全うすることで、患者さんはもとより、他の医療従事者の信頼を得ることに繋がるのではないでしょうか。また、このイラストにもあるように、一人の薬剤師としてしっかりと意見を持って他の医療従事者と接していくことも心掛けて欲しいですね。
2巻153-154ページより引用

他者の業務や立場への理解。お互いが信頼できるチームスタッフへ。

加藤
このイラストは瀬野さんが看護師から信頼を得るエピソードのシーンで、とても印象に残っています。このシーンは富野先生の実体験を元にされたのでしょうか?
富野
このシーンはマンガということもあり、少し脚色した感じはあります(笑)。瀬野のようにここまで夜中に病棟を走った経験はありませんが(笑)、HELLP症候群※6で子癇※7になりそうな症例には出くわしたことがあります。その際の実体験を参考にしています。
もちろん、病院によっては他の医療従事者とコミュニケーションを取る機会が少ない現場もありますが、共に患者さんに向き合いながら、他の医療従事者と信頼関係を築いていくことは大切だなと感じさせられるシーンですね。
  • ※6
    妊娠中および分娩後に起こる多臓器障害。①溶血(Hemolysis)②肝酵素の上昇(Elevated Liver-enzymes)③血小板減少(Low Platelet)を呈する。全妊娠の0.2~0.6%に発症する。症状:突然の上腹部痛・心窩部痛、高血圧、蛋白尿、嘔気・嘔吐、頭痛、視野障害、子癇発作。
  • ※7
    明らかな原因のない妊娠中の全身性けいれん発作。
1巻152ページより引用

さらに高い専門性を持った“エキスパート”薬剤師

加藤
薬剤師はジェネラリストという側面があるとお話を伺いましたが、マンガでは認定薬剤師も登場していますね。
下枝
このイラストではがん薬物療法認定薬剤師が登場して、その知識や経験に裏付けられた専門性が描かれていますが、エキスパートの薬剤師として認定薬剤師の他にもさらにレベルの高い「専門薬剤師」というものもあります。がん、感染制御、妊婦・授乳婦などの領域で活躍していますが、簡単になれるものではなく豊富な実務経験や認定試験があります。今後どのように薬剤師として貢献していきたいか、それを考える上での一つの選択肢ですね。
富野
下枝先生がおっしゃるように、ステータスとして専門薬剤師や認定薬剤師の資格を取ることは薬剤師としてのキャリアの上で有益ですよね。イラストの江林のように、同じ病院内で「この症例は専門(認定)薬剤師の××さんに聞いてみよう」と頼りにされることもありますからね。また、自身の担当業務に対する勉強としても良いキッカケになるかなと。勉強のために学会に参加したり、色々な方のお話を聞く機会は本当に刺激になります。
3巻75-76ページより引用
加藤
私はがん専門薬剤師になりたいなと考えていて、それでがん専門薬剤師である下枝先生の下で学んでいます。これから実務実習に行くので、がん専門薬剤師だけでなく様々な専門性を持った薬剤師の方のお話を聞いて勉強したいと思います。
下枝
専門薬剤師や認定薬剤師以外にも、災害医療で活躍するDMAT隊員や原作第5巻で登場するスポーツファーマシストなどの薬剤師も存在します。本学には私のようながん専門薬剤師をはじめとして、新型コロナウィルス感染症流行の真っ只中にDMAT隊員の薬剤師として横浜の停泊船対応に派遣された本学の教員もいます。実際の研究活動でも専門薬剤師が指導することが多々ありますし、災害医療のシミュレーションを行う授業などもあるので、学生の内からエキスパート薬剤師に触れる機会が多くありますね。日々進歩する医療に携わる職種は、当然のようにスキルアップが求められます。しかし、そのスキルアップがきっと自身の活躍の幅を広げていくので、その喜びを励みにして欲しいですね。
3巻78ページより引用