1. 薬剤師の仕事と心構え ~薬剤師を志す初心を~

幅広い知識を身につけたジェネラリスト

加藤
医療に携わる職業は様々ありますが、薬剤師にはどのような特長がありますか?
富野
「薬剤師には診療科の壁はありませんから!」、このシーンが一つの答えですかね。病院を例に挙げると、整形外科や内科などの診療科があって、医師はその所属する診療科の“スペシャリスト※1”ってイメージだと思います。だから自身の専門外の病気もあり、その場合は他の診療科に助言を求めることがあります。一方で、薬剤師はそれぞれの診療科のみの処方箋・調剤を担当するのではなく、様々な診療科から回ってくる処方箋を扱います。医師がスペシャリストであるのに対して、薬剤師はジェネラリスト※2という側面が強いですね。下枝先生はどのようにお考えですか?
下枝
医師も自身の専門分野の薬には詳しいので、むしろ薬剤師は医師が専門外の薬を使用しなければならない場面で助言することができます。がんの患者さんが、糖尿病も……なんてケースなど、一人の患者さんが複数の病気を抱え、様々な薬を服用していることも珍しくないですし。
富野
原作でもそのような役割が描かれています。このイラストのシーンでは診療科を跨る患者さんを扱っています。医師が専門以外の薬に詳しくない場合もあるので、葵(主人公)のように医師に助言を行うことは、幅広い薬の知識を持った薬剤師として重要な役割ですし、他の医療従事者と違う薬剤師の特長なのかもしれませんね。
  • ※1
    特定の分野に精通している者。
  • ※2
    本来の意味は「博学な人」。広範囲にわたる様々な分野の知識や技術、経験を持つ者。
1巻39ページより引用

薬から患者さんの健康状態や疾患などを判断する

加藤
患者さんが大量に持参薬を持ち込まれることもあると授業などで聞くことがありますが、このイラストのような場面は多くあるんですか?
富野
ありますね(笑)。この持参薬の実物の写真を荒井さん(漫画家・荒井ママレ氏)に送ってマンガに描いてもらいました。下枝先生、こういう場面って多いですよね?
下枝
紙袋2つ、袋の中で得体の知れない液体にまみれて……なんてこともありますね(笑)。ただ、ここからが薬剤師の判断能力が試される場面ですね。
富野
そうですね。病院にもよりますが、患者さんとのファーストタッチを薬剤師が担うこともあります。現在ではお薬手帳が普及してきているので、そのお薬手帳を元に判断していくのが一般的です。ただ、このイラストのように、患者さんの最初の接点から生活実態なども推測していくことも必要です。例えば“タバコ臭い”とかね。東京薬科大学ではそのような場面を想定した、カウンセリング能力を養う授業がありますか?
加藤
持参薬チェックを行う授業があります。患者さんへのカウンセリングの手順はもちろん、処方箋からどのような情報を読み取れるか?などの手法を学びました。患者さんとの面談からライフスタイルなどの背景を推定して、自分ならどのようなアドバイスをできるかを考えるといったような授業です。実際のマンガでも描かれているので、振り返り学習として非常に勉強になっています。
2巻41ページより引用

相談のしやすい、身近な存在として

加藤
薬剤師と普段接しない方にとっては、調剤のイメージが強いのかなって思うんです。実際に知り合いに「薬学部に通ってる」と話すと、「薬を“作る(調剤する)”人になるのね。」と認識されることが多いんです……。
富野
調剤のイメージが強くて、患者さんから「薬剤師に自分の体のことを相談してみよう」と考えもされない風潮はあるかも。ただ、薬剤師の業務は対物から対人へシフトしてきていて、患者さんにとって“相談のしやすい、身近な存在”になってきています。これから薬剤師を目指す中高生はもちろん、一般の方々にもドラマやマンガを見て頂き、薬剤師のイメージが変わってくれたらなと淡い期待を抱いています。
加藤
薬剤師の業務が変化していく中で、富野先生ご自身にもお仕事への向き合い方や患者さんへの接し方など、変化はありましたか?
富野
患者さん、その人一人をしっかりと看たいなという思いが強くなりました。病院での話で言えば、病棟業務をしはじめると、より患者さんのことを知る機会、例えば病気だけでなくその患者さんの人柄などにも触れることが多くなりましたし。
下枝
アンサングシンデレラ原作の第1巻・第1話の最後で触れられていますが、調剤や監査など、医療を確実なものにするのは薬剤師としての重要な仕事です。それに加えて、我々薬剤師が日々患者さんと接して、患者さんにとって身近な存在となっていくことは医療人にとって大切なことですし、仕事へのやりがいに感じられる部分じゃないでしょうか。
4巻120ページより引用
富野
私自身、職業柄、なかなか高校生に接する機会が無いのですが、薬学部を志望される高校生はどういった気持ちを持たれていますか?
下枝
最近ですと、臨床で活躍したい、患者さんを救いたいという気概を持った高校生が多いですね。加藤もその一人ですし。
加藤
はい。もともと科学捜査官に興味があり薬剤師の仕事を知りましたが、色々調べていく中で、「患者さんに向き合う仕事をしたい」という思いが強くなって、病院薬剤師を志すことに決めたんです。高校生の時にオープンキャンパスで下枝先生の授業を聞いて、「この先生の下で学びたい」と思ったのを今でも鮮明に覚えています。
富野
微笑ましいエピソードですね。大学生との接点ということであれば、勤務する病院でも薬学実習生を受け入れていて、彼らと話す機会があるんです。その時は大学で普段経験できないような実務を交えながらレクチャーしたりします。医療現場での実習体験が、彼らの意識に少しでも良い影響が与えられればなと思いながら話しています。
下枝
富野先生が現場でどのように患者さんに接しておられるのかお聞きしたいのですが、富野先生が「患者さんにとって身近な存在になれたかな」と感じられたエピソードはありますか?
富野
最近は産婦人科病棟を担当していて、子宮筋腫のオペをした30代前後の患者さんでしたが、「薬剤師さんに相談できると思っていなかった」と言われたことがありました。もともと服用されているOTC医薬品※3があり、胎児への影響を気にされてか不安を抱えておられたので、色々と話を聞いてみたんです。結果的に、私がもともと小児科病棟担当ということでお子さんの話にもなり、その患者さんの信頼を得られたのかなと感じました。薬剤師の役割が広く知られていないから、「薬剤師さんに相談できると思っていなかった」とおっしゃられたのだと思いますけど、このように患者さんの不安を一つひとつ丁寧に受け止め、それを積み重ねていくことが大切なんだろうなって感じますね。
  • ※3
    Over The Counterの略。薬局、薬店、ドラッグストア等で処方箋なしで購入できる医薬品のこと。
4巻29-30ページより引用

患者さんの不安を受け止める義務

加藤
患者さんが抱く不安は、病気が治った後の生活への不安など、尽きないものなのだろうなと思います。富野先生は患者さんと接する上で心掛けておられることはありますか?
富野
小児科病棟を担当した際には、どうしても母親と話す機会が多くなりますが、2歳や3歳でも患者である子供達と話すように心掛けていました。何度も話しても心を開いてくれないこともありますけどね(笑)。ただ、やはり患者はその子供達ですので、子供達と向き合うということを意識していました。
富野
このイラストの葵の発言「説得よりも納得」はとても素敵な言葉だなと思います。これはとある学会で聞いて、私から荒井さんに提案したものなんです。私たち薬剤師は丁寧な説明を心掛けますが、患者さんは頷いても、まだわだかまりのようなものが残っているように感じることがあります。納得してくれれば患者さんの病気や治療への向き合い方もきっと変わってくるだろうし。もちろん薬剤師だけでなく、医師が関わってくることですので、簡単にできることではないかもしれません。ですが、患者さんの納得を得られるようにフォローしていくのも、私たち薬剤師ができる医療の一つなんだと思います。
下枝
「説得よりも納得」という言葉は、私にもスッと入ってくるものがあります。患者さんの病気や治療への理解がきちんとできているかを確認することは、一見当たり前のように見えて、実は難しいことですよね。薬剤師業務が対人業務にシフトしている今だからこそ、コミュニケーションスキルが求められていますね。
富野
どうしても説明をすることに注力しすぎてしまうこともあるんですよね。ただ、そんな時こそ、あえて30秒間沈黙にして、患者さんの胸の内を聞き出すなんてことも。病院も経営面や効率を考えないといけないのですが、「少しでも患者さんの本心を聞きたい」そんな思いを胸に秘めつつ、自分なりに患者さんと向き合っています。
3巻22ページより引用