ニュース&トピックス 薬学部 降幡知巳教授がプレスリリース『可逆的不死化細胞によるヒト血液脳関門モデルの開発に成功』

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2019.10.23

プレスリリース
報道機関各位

【タイトル】
可逆的不死化細胞によるヒト血液脳関門モデルの開発に成功
~ヒトに投与せずともヒト脳に薬が届くかわかる未来へ~

【ポイント】
■ 本研究では、創薬に応用できる新たな細胞モデル(ヒト血液脳関門モデル)を構築しました。
■ 本モデルは、独自に樹立した三種の可逆的不死化細胞を用いることにより、従来モデルを圧倒する汎用性と優れたヒト血液脳関門機能の両立を実現する、世界でも類のないモデルです。
■ 本モデルを用いることにより、ヒトに投与することなくヒト脳への薬の移行を容易に評価することが可能になると期待され、中枢神経系疾患に対する新薬の創出に大いに貢献しうると期待されます。

 

【 概 要 】
脳疾患の治療薬は、脳に届いてはじめてその治療効果を発揮します。そのため薬を開発する過程では、薬や薬剤キャリアが血液脳関門を越えて脳内に届くか評価できる細胞モデル(ヒト血液脳関門モデル)が必要とされています。しかし現在、創薬で幅広く活用されているモデルはありません。これに対し本研究では、ヒト可逆的不死化細胞に着目することにより、創薬に応用しうる新たなヒト血液脳関門モデルを開発しました。

本研究では、この新たなヒト血液脳関門モデルを用いることにより、薬がヒト脳に届くか否かを、ヒトに投与することなく実験室レベルで評価することが可能となることを明らかにしました。さらに、本研究で開発したモデル半永久的に使えることから、これまで不可能であった大量の候補薬のスクリーニングや、試行錯誤を要する実験を行うことが可能になります。このヒト血液脳関門機能と汎用性の両立は創薬に不可欠であり、これを実現する本モデルは世界でも類のないヒト血液脳関門モデルです。

今後、本モデルを創薬現場で応用することにより、薬物のヒト脳への移行を早期に予測することや、薬剤を効果的に脳へ送達させるキャリアの開発が可能になることから、本モデルは中枢神経系疾患に対する治療薬の開発を飛躍的に促進させるとともに、画期的な新薬の創出にもつながると期待されます。

なお、本成果は、産学共同研究および日本医療研究開発機構の支援により得られました。

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【 背 景 】
中枢神経系疾患(以下、脳疾患)は、治療薬の開発が非常に難しい疾患領域です。この原因の一つに、血液脳関門1)の存在があります。血液脳関門は脳毛細血管内皮細胞2)を実体とし、アストロサイト3)や脳ペリサイト4)とともに構築される脳特有の血管構造であり、血液中の有害物質が脳内に侵入することを防ぐ”バリア”の役割を担っています。しかし、このバリアは薬に対しても働いてしまいます。薬にいくら薬理作用があっても、脳内に入らなければ治療薬として効果が発揮されません。そのため、血液脳関門を越えて脳に届く薬を見出すこと、薬を効果的に脳内へと運ぶキャリア5)を開発することが、脳疾患に対する治療薬の開発における喫緊の課題となっています。これらの課題の解決に向け、血液脳関門を実験室レベルで再現した細胞モデル(血液脳関門モデル)が創薬現場では必要とされています。

これまでの血液脳関門モデルは、主に動物初代培養細胞6)を用いて構築されてきました。しかしながら、ヒトと動物の血液脳関門機能には遺伝情報の違いに基づく種差が存在するため、ヒトの治療薬を開発するには、ヒトという種を反映したモデルが必要となります。一方、血液脳関門モデルが試行錯誤を要する創薬現場で活用できる実験ツールとなるためには、際限なく使えなくてはなりません。しかし、ヒト初代培養細胞は希少であり、十分に実験するために必要な量を確保することは不可能に近いのが現状です。そのため、これまでに創薬ニーズに沿うヒト血液脳関門モデルの確立には至っていません。

このような現状に対し、これまでに私達はヒト可逆的不死化細胞7)を用いたヒト血液脳関門モデルの開発に取り組み、ヒト可逆的不死化脳毛細血管内皮細胞(HBMEC/ci18)、ヒト可逆的不死化アストロサイト(HASTR/ci35)、ヒト可逆的不死化ペリサイト(HBPC/ci37)を樹立しました。不死化とは、文字通り死滅することのない細胞であり、そのため長期培養や繰り返し利用が可能です(図1)。さらに、樹立した細胞の不死化特性には可逆性が付与されており、そのため実験時に不死化シグナルを解除することで、それぞれ由来とする細胞本来の機能を高く発現します。したがって、ヒト可逆的不死化細胞を用いることにより、必要な時に必要な量のヒト血液脳関門モデルを、安価に簡便に構築することが可能になると期待されます。

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【研 究 内 容】
今回の研究では、三種のヒト可逆的不死化細胞(HBMEC/ci18、HASTR/ci35、HBPC/ci37)をトランスウェルカルチャーシステム8)の中でヒト生体の血液脳関門と同じ順で配置して培養することにより、ヒト血液脳関門を再構築しました(図2)。このモデルでは、血液脳関門機能を担う細胞間結合9)と薬物排出トランスポーター10)の発現および機能が認められ、これら以外にも血液脳関門に特徴的な多くの遺伝子の発現が認められました。したがって、本モデルはヒト血液脳関門としての特徴をしっかりと保持していることが明らかとなりました。

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そこで、創薬現場への応用を想定し、本モデルを用いて、薬物が血液脳関門を越えて脳内に届くか否かを判定する試験(血液脳関門透過性試験)を行いました。脳内に届くことが知られている薬物群(メマンチンやジフェンヒドラミンなど11))および脳内に届きにくい薬物群(デスロラタジンなど11))を用いて試験を行った結果、脳移行性薬物群では、非移行性薬物群に比べ高い値(即ち脳に移行しやすい性質があるとの結果)が得られ(図3)、その差は最大280倍ありました。この結果より、本モデルを用いることで、薬物がヒト脳に届くか否かを、ヒトに投与することなく見極めることが可能になりました。

一方、本研究で開発したヒト血液脳関門モデルは際限なく作ることが可能です。本研究においても、本モデルを繰り返し作って様々な試験を行うことにより、その特性と有用性を検証することができました。したがって、本モデルは多くの化合物の脳移行性について一度に解析することを可能にするだけでなく、短期間に繰り返し安定した条件で実験を行うことも可能とします。

以上、本モデルは血液脳関門機能と汎用性の双方を持つ世界でも類を見ないモデルであり、この特徴により、従来よりも圧倒的に創薬現場への実装性を持つモデルであると考えられます。この強みを持つヒト血液脳関門モデルは、ヒト可逆的不死化細胞を用いたからこそ構築することができたと言えます。

【今 後 の 展 望】
今回開発した可逆的不死化細胞によるヒト血液脳関門モデルが創薬現場で活用され、薬や薬剤キャリアがどれだけヒト脳に届くか予測することができるようになれば、その治療効果や副作用の予測も可能になります。即ち、ヒトへ投与することなくヒトでの効果や毒性を事前に見極めることが可能になることから、有効性の高い薬の開発を効率的に進めることができるとともに、未然に重大な副作用の回避が可能になると期待されます。これらにより、臨床試験における成功率と安全性の飛躍的な向上が期待されます。さらに、薬剤を効果的に脳へ送達させることが可能なキャリアが開発されれば、画期的な新薬の創出につながることが期待されます。したがって、可逆的不死化細胞によるヒト血液脳関門モデルは、脳疾患に対する治療薬開発におけるこれまでの常識を変え、脳疾患の克服に大いに貢献しうる基盤技術となることが期待されます。

【 論 文 情 報】
この研究成果は、アメリカ化学会が発行する雑誌の一つであるMolecular Pharmaceuticsで、2019年10月1日に公開されました。
A human immortalized cell-based blood-brain barrier tri-culture model: development and characterization as a promising tool for drug brain permeability studies.
Ryo Ito, Kenta Umehara, Shota Suzuki, Keita Kitamura, Ken-ichi Nunoya, Yoshiyuki Yamaura, Haruo Imawaka, Saki Izumi, Naomi Wakayama, Takafumi Komori, Naohiko Anzai, Hidetaka Akita, Tomomi Furihata.
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.molpharmaceut.9b00519

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【研究に関するお問い合わせ先】
東京薬科大学 薬学部個別化薬物治療学教室 教授 降幡知巳
TEL:042-676-8969 mail: tomomif@toyaku.ac.jp

本件に関するお問い合わせ

東京薬科大学 広報課