ニュース&トピックス 小腸からの尿酸排泄の重要性が明らかに。~透析患者の5人に2人が関連:小腸からの排泄低下で尿酸値が大きく上昇~|プレスリリース
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2023.01.11
プレスリリース
東京薬科大学 薬学部 病態生理学教室 市田公美教授、同教室 博士課程 4年 大橋勇紀、東海大学 医学部 内科学系腎・代謝内科学 豊田雅夫准教授らの研究グループは、「分子機能を指標とした遺伝子解析」を行い、ABCG2※1というトランスポーターを介した小腸からの尿酸排泄が透析患者の尿酸値の上昇に強く関係していること、また腎臓からの尿酸排泄機能の喪失を補うように小腸は体の中で作られる尿酸の6割程度まで排泄できるよう、排泄容量を拡大することができることを明らかにしました。
ポイント
■研究の背景
急速な高齢化に伴い、国内の人工透析患者数は30万人以上と世界有数の腎臓病大国となっています。痛風などの原因となる尿酸は大部分が腎臓から、その残りは小腸などから排泄されています。従って、腎臓の機能が失われている透析患者は尿酸値が高くなりやすく、高尿酸血症を合併しやすいことが知られています。
■成果について
ABCG2の機能を低下させる遺伝子変異はアジア人に多く、本研究でもおよそ5人に2人が変異を有していました。ありふれた遺伝子変異によって小腸などからの尿酸排泄量が強く影響を受けること、そしてその影響は腎機能が低下した患者にとって無視できない問題である可能性を示しています。本研究の結果は、特に腎機能が低下した患者にとって、ABCG2の機能を考慮した治療の重要性を明らかにしました。
研究の概要
尿酸の過剰産生や体外への尿酸排泄が低下してしまうために起こる「高尿酸血症」は、日本では成人男性の20~30%に認められます。健康なヒトでは、大部分の尿酸が腎臓から尿中へ、その残りは小腸などの腸管から大便中へ排泄されると言われています。そのため、尿酸排泄のメインである腎臓の機能が低下すると高尿酸血症のリスクは上昇します。高尿酸血症は激しい関節痛を引き起こす痛風だけではなく、高血圧・腎臓病・心臓病・脳卒中などのリスクになることが知られています。従来の学説では、1960年代を中心に行われてきたラジオアイソトープ研究※2の結果を基礎に、健康なヒトでは1日に産生される尿酸のうち2/3が腎臓から、残りの1/3が腸管から排泄されるということが定説とされています。現在の医療現場でも腎臓は特に重要視され、高尿酸血症の病型は尿中に排泄された尿酸を基準に分類されています。
一方、尿酸排泄においてはサブであり、軽視されがちであった腸管からの排泄ですが、近年では徐々に注目が高まっています。我々の研究グループは以前、ヒトの腎臓や小腸などに存在するABCG2というタンパク質が主な尿酸排泄を担っていること、ABCG2遺伝子の変異が尿酸排泄の低下を引き起こし、痛風や高尿酸血症の原因となることを報告してきました(Science Translational Medicine 2009、Nature Communication 2012)。また他の研究グループにより、動物実験では腎臓の機能の低下に伴って小腸のABCG2の発現量が増えることが報告されています。これら今までの知見から、腸管からの尿酸排泄は従来の定説よりも重要である可能性が示唆されてきました。しかしながら、ヒトの腸管がどの程度の尿酸を排泄できるのかを評価した論文はこれまでになく、長らく不明でした。
この度、東京薬科大学の市田公美(教授)、大橋勇紀(博士課程)、東海大学の豊田雅夫(准教授)らの研究グループは、血液透析患者123人を対象に「ABCG2の分子機能を指標とした遺伝子解析」を行い、血液透析をしている末期腎不全患者5人に2人がABCG2の機能を低下させる遺伝子変異を有していること、そして腸管のABCG2の機能低下は血清尿酸値の上昇に強く関連していることを報告しました。血液透析をしている末期腎不全患者では腎臓の機能が失われているので、尿酸はほとんど腸管からしか排泄されていないことになります。従って、腎臓の機能を喪失している場合、尿酸のことを考えるうえでABCG2は非常に重要なファクターになることを示しています。
さらに、ABCG2の機能と血清尿酸値の関連性をさらに詳しく調査すると、腸管のABCG2は1日に作られる尿酸のうちの6割程度まで排泄できることがわかりました。このことは、健康な人にとってはあくまでサブであった腸管からの尿酸排泄は、腎機能が低下した患者にとっては無視できないほどに重要であることを示しています。
本研究の成果は、2023年1月13日19時(日本時間)に英国の科学雑誌「Scientific Reports (サイエンティフィック・レポーツ誌)」へ掲載される予定です。
今回、腸管のABCG2による尿酸排泄の重要性が明らかになったことにより、ABCG2の排泄機能を阻害しないようにすることで、高尿酸血症や痛風をより効果的に治療することができるようになる可能性があります。また今後ABCG2の機能低下を改善する方法が見つかれば、腎疾患の進行因子である尿酸を制御できるので、高尿酸血症や痛風の治療のみならず、様々な腎臓病患者の腎機能低下進行抑制治療の上でも役立つことが期待されます。
用語解説
※1 ABCG2トランスポーター(ATP–binding cassette transporter、 subfamily G、 member 2)
トランスポーター(膜輸送体)とは、細胞膜などの生体膜に存在し、細胞の膜の外側と内側の物質を輸送するタンパク質のことで、栄養素や薬物、老廃物、毒素などを運んでいます。濃度勾配に逆らった輸送や、親水性が高く細胞膜ではじかれてしまう物質(尿酸など)は、トランスポーターを介さないと細胞間を移動できません。ABCG2トランスポーターは腎臓や小腸を始めとしたさまざまな組織に発現しており、多数の物質を輸送することのできるトランスポーターとして知られています。
関連業績については下記のプレスリリースをご参照ください。
1. 「痛風遺伝子の発見」(2009年11月「Science Translational Medicine」)
https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/20091105.html
2. 「生活習慣病のひとつ、高尿酸血症の定説を覆す発見」(2012 年 4 月「Nature Communications」)
https://www.m.u-tokyo.ac.jp/news/admin/release_20120404.pdf
3. 「痛風遺伝子は腎臓と腸管の両方に作用して痛風を起こす」(2014 年 1 月「Scientific Reports」)
http://ndmc-ipb.browse.jp/DL/pressreleaseNDMC20140115HP.pdf
4. 「尿酸値は小腸障害のマーカーとなる」(2016 年 8 月「Scientific Reports」)
http://ndmc-ipb.browse.jp/DL/pressreleaseNDMC20160830HP.pdf
※2 ラジオアイソトープ(放射性同位体)
物体を構成する元素には、同じ陽子の数で中性子の数が異なるものがあり、これをアイソトープといいます。アイソトープの中には不安定なものが多数存在し、放射線を放出して他の核種に変わることがあります。この放射線を放出する核種のことをラジオアイソトープといいます。このときに放出された放射線を測定することで物質の量を知ることができます.これを利用して研究等に応用することもありますが、放射性物質を扱うので被験者・研究者ともにできるだけ被爆しないように工夫する必要があります。
研究施設と研究者
本研究は、以下の研究施設・医療機関に所属する、多施設共同研究として実施されました。(研究代表者:東京薬科大学 病態生理学教室 市田公美 教授)
東京薬科大学 薬学部 病態生理学教室
市田公美(教授)、大橋勇紀(博士課程4年)
東海大学 医学部 内科学系腎・代謝内科学
豊田雅夫(准教授)、齊藤仁通(助教)、小泉賢洋(講師)、金井厳太(講師)、
駒場大峰(准教授)、木村守次(准教授)、和田健彦(准教授)、
角田隆俊(教授)、深川雅史(教授)
腎健クリニック
髙橋裕一郎、髙橋浩雄
誠知クリニック
石田直人
研究の分担内容
研究のデザイン:市田公美、大橋勇紀、豊田雅夫、深川雅史
遺伝子解析:市田公美、大橋勇紀
検体・データの回収:齊藤仁通、小泉賢洋、金井厳太、駒場大峰、木村守次、和田健彦、角田隆俊、髙橋裕一郎、髙橋浩雄、石田直人
統計解析:市田公美、大橋勇紀
論文執筆:市田公美、大橋勇紀、豊田雅夫
原著論文
○雑誌名 Scientific Reports
○論 文 Ohashi Y, Toyoda M, Saito N, Koizumi M, Kanai G, Komaba H, Kimura M, Wada T, Takahashi H, Takahashi Y, Ishida N, Kakuta T, Fukagawa M, Ichida K. Evaluation of ABCG2-Mediated Extra-renal Urate Excretion in Hemodialysis Patients.
○掲載日:日本時間2023年1月13日19時 / 英国時間2023年1月13日10時
※本論文はオープンアクセスでの出版のため、報道関係者や一般の方も含めて、無料で論文の全文をダウンロードできます。
関連リンク
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- 東京薬科大学 総務部 広報課
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【研究に関するお問い合わせ先】
- 東京薬科大学 薬学部 病態生理学教室 教授 市田 公美