ニュース&トピックス クロロアルケン型ジペプチドイソスターの収束的合成法の開発とその応用 ~ペプチド創薬への期待~|プレスリリース

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2021.03.19

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プレスリリース

クロロアルケン型ジペプチドイソスターの収束的合成法の開発とその応用 ~ペプチド創薬への期待~

ポイント
  • クロロアルケン型ジペプチドイソスター(CADI)※1の収束的合成法※2 を開発し、従来法より簡便にCADIを合成することが可能になり、合成できるCADIの種類も増えました。
  • 本法により合成したCADIを用いて、固相ペプチド合成法※3へ応用することに成功しました。
  • CADIを含有する環状ペプチドミメティック※4がアルツハイマー型認知症※5の原因物質のひとつであるアミロイドペプチドの凝集阻害活性を有することを見出しました。

東京医科歯科大学生体材料工学研究所メディシナルケミストリー分野の玉村啓和教授の研究グループは、長年研究しているペプチド結合等価体(ジペプチドイソスター)のひとつであるクロロアルケン型ジペプチドイソスター(CADI)の収束的合成法といわれる新規の合成法の開発に成功しました。この方法により、簡便にCADIを合成することが可能になり、合成できるCADIの種類も増えました。合成されたCADIを用いて固相ペプチド合成法へ応用可能であることも示しています。また、東京薬科大学薬学部薬品化学教室の谷口敦彦准教授、林良雄教授との共同研究で、本法で合成したCADI を含有する環状ペプチドミメティックがCADI を含有しない環状ペプチドよりも、アルツハイマー型認知症の原因物質のひとつであるアミロイドペプチドに対する高い凝集阻害活性を有することを見出しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)、および上原記念生命科学財団の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、アメリカ化学会誌The Journal of Organic Chemistry(ザ・ジャーナルオブオーガニックケミストリー)に、2021年3月18日午後1時(米国東部夏時間)にオンライン版で発表されます。

20210319-0200illust600.jpg図 アミド結合(左上)とCADI(左下)および収束的合成法によるCADIの合成(右)。左上の天然のペプチドに含まれるアミド結合はプロテアーゼにより切断をうける(赤色: 酸素原子、青色: 窒素原子、白色: 水素原子、灰色: 炭素原子)。左下のCADIはプロテアーゼにより切断されない(緑色: 塩素原子)。右の収束的合成法によるCADIの合成では、両側から中間体(XaaとYaa)を合成し、後でそれらを組み合わせることができるので、簡便に多種類のCADIを合成できる。

研究の背景

ペプチドは2個以上のアミノ酸がアミド結合を介して連なった分子であり、一般に種々の重要な生理活性を有します。しかも天然では、生体内における特定の時空間において、その特異的な生理活性を発現するという特徴を持っています。このようなペプチドから創薬展開を行えれば、安全で有効な医薬品の創出が期待できます。しかし、ペプチドの生物学的不安定性や凝集性などの性質のため、医薬品へ応用することが困難であるというのが常識でした。このような状況下、ペプチドが有する生理作用を保持したまま、その欠点を補うことができるペプチド結合等価体(ジペプチドイソスター)の概念が登場しました。これまでに本研究グループを含めて多くの研究者が種々のジペプチドイソスターのデザインや合成、生物学的応用を行ってきていますが、さらなる有用なジペプチドイソスターの開発が待ち望まれています。ペプチド結合は部分的な二重結合性を帯びており、塩素原子は酸素原子と相同性が高いため、原子置換体として有効であると考えられます。これら「アミドの二重結合性と塩素原子の酸素模倣性」の概念を融合したCADIは有用なジペプチドイソスターとして期待できます(図)。

研究成果の概要

本研究グループは、上述のジペプチドイソスターのひとつCADIについての研究を精力的に行っており、その合成法も確立しています。しかし、この方法は初期段階で合成するCADIのN末端側のアミノ酸側鎖が決定されてしまい、多種類のCADIを調製する際には適した方法であるとは言えません。今回、この改良法としてCADIの収束的合成法を開発しました。具体的には、CADIをN端側およびC端側の両方から構築することができるようになり、従来の方法よりも簡便にCADIを合成することが可能になりました。また、N端側およびC端側アミノ酸側鎖の組み合わせを合成の最後の方の段階で決定することができ、多種類のCADIの合成にも適しています(図)。さらに、これによって合成されたFmoc保護CADIを固相ペプチド合成に応用しました。合成されたCADI導入型環状ペプチドミメティックが通常の環状ペプチドよりもアルツハイマー型認知症の原因物質のひとつであるアミロイドベータペプチドに対して高い凝集阻害活性を有することを見出しました。

研究成果の意義

本研究グループが開発したCADIの収束的合成法は、合成の簡便性と合成可能な化合物の多様性という利点を有しており、ペプチド創薬研究において有用であることが示されました。またCADI含有ペプチドミメティックは創薬候補品として非常に期待が持てます。

用語解説

  • ※1
    クロロアルケン型ジペプチドイソスター(CADI): 天然のジペプチドに対し構造的相同性を有しているペプチド結合の化学的等価体のことをペプチド結合等価体(ジペプチドイソスター)と呼んでいる。ペプチド結合は窒素原子上の孤立電子対とカルボニル基の共鳴効果の影響で、部分的な二重結合性を帯びている。アルケン型ジペプチドイソスターはペプチド結合の二重結合性を模倣して設計されている。塩素原子は酸素原子と相同性が高いため、原子置換体として設計したものが、クロロアルケン型ジペプチドイソスター(CADI)である。
  • ※2
    収束的合成法: 目的の化合物を合成する際に、初期段階で合成した中間物質を目的の構造の中心付近で結合させて、目的物を合成する方法である。その反対の用語は、直線的合成法であり、目的の構造の一部から段階的に構造を構築する方法である。
  • ※3
    固相ペプチド合成法: ポリスチレン高分子ゲルのビーズ等の固相担体上に、保護アミノ酸をC端側から1個ずつ脱水反応により縮合していく方法である。これによりペプチドが簡便に合成できる。
  • ※4
    環状ペプチドミメティック: ペプチドミメティックとはペプチドの化学構造を模倣したペプチドに似て非なるものであり、上述のペプチド結合等価体(ジペプチドイソスター)はペプチド一次構造のミメティックの例である。種々のペプチドミメティックが創製されているが、コンフォメーションがより固定された環状ペプチドミメティックが様々な生理作用を有しており、有用であることが多い。
  • ※5
    アルツハイマー型認知症: 脳内にアミロイドベータペプチドやタウタンパクというタンパク質が異常に蓄積し、脳細胞が損傷したり、神経伝達物質が減少したりして、脳の萎縮が起こり、生じる認知症である。認知症の中では一番多いものである。脳内に、このアミロイドベータペプチドが凝集して蓄積すると、老人斑と呼ばれるシミのようなものが生じ、これが脳細胞を死滅させると考えられている。従って、アミロイドベータペプチドの凝集阻害が本疾患の治療法の鍵となる可能性がある。
論文情報
掲載誌
The Journal of Organic Chemistry
論文タイトル
Development of methods for convergent synthesis of chloroalkene dipeptide isosteres and its application
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東京薬科大学 広報課