ニュース&トピックス 「薬物の脳到達に関わる課題」を解決し、中枢神経系疾患治療薬開発の加速を目指す産学共同研究がスタート|プレスリリース

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2021.08.27

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プレスリリース

The “Beyond the Blood-Brain Barrier”-Research Quartet (B4-Quartet)
「薬物の脳到達に関わる課題」を解決し、中枢神経系疾患治療薬開発の加速を目指す産学共同研究がスタートしました

概要

東京薬科大学と千葉大学は、エーザイ株式会社と小野薬品工業株式会社と共に、産学共同研究体制「The“Beyond the Blood-Brain Barrier”-Research Quartet (B4-Quartet)」を立ち上げ、これまでに開発したヒト血液脳関門モデルを基盤技術として、創薬の非競争領域である「薬物の脳到達に関わる様々な課題」の解決を目指します。

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 B4-Quartetの推進により、これまで創薬のボトルネックであった「薬物の脳到達に関わる課題」が解決するとともに、ヒト血液脳関門モデルを用いた新たな創薬プロセスが確立し、これらにより中枢神経系疾患治療薬開発が加速すると期待されます。

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発表内容

血液脳関門とは?

 中枢神経系疾患は、治療薬の開発が難しい疾患領域です。この原因の一つに、血液脳関門1)の存在があります。血液脳関門は脳毛細血管内皮細胞2)を実体とし、アストロサイト3)や脳ペリサイト4)とともに構築される脳特有の血管構造であり、血液中の物質が無造作に脳内に侵入することを防ぐ”バリア”の役割を担っています。これにより、脳は必要な栄養素だけを血中から取り入れ、神経に障害を与えうる物質から隔離される環境を保っています。

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中枢神経系疾患治療薬開発の難しさ ~脳に届かなければ薬はその効果を発揮できない~

一方、血液脳関門は薬とそうでない物質とを区別することは出来ず、そのバリア機能は薬に対しても働いてしまいます。薬にいくら薬理作用があっても、脳内に入らなければ治療薬として効果は発揮されません。また、仮に入ったとしても効果を発揮するために十分な量に至らなければ、やはりその薬の効果は発揮されません。そのため、中枢神経系疾患に対する治療薬を効率よく効果的に開発するためには、どの候補物質がどの程度ヒトの血液脳関門を透過するかを明らかとすること、さらにそれらがどの程度脳内に到達して滞留するか(脳内の薬物動態)までを予測することが必要とされています。また、より積極的に脳へ薬物を送り届けるための技術も必要とされています。ここではこれらをまとめて「薬物の脳到達における課題」とします。

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ヒトを模した血液脳関門モデル 

上記「薬物の脳到達における課題」を解決するためには、ヒトの遺伝的背景の下で血液脳関門に関わる様々な実験を行う必要があります。しかし、ヒトを対象とする研究は倫理面や安全性の問題から治験以前の段階で実施することは不可能です。そこで「ヒトの代替となるモデル」が必要となります。
これに対しこれまでに私達は、ヒト可逆的不死化脳毛細血管内皮細胞(HBMEC/ci18)、ヒト可逆的不死化アストロサイト(HASTR/ci35)、ヒト可逆的不死化ペリサイト(HBPC/ci37)を樹立し5)、さらに東京薬科大学・エーザイ株式会社・小野薬品工業株式会社で連携してこれら細胞を用いた二次元型および三次元型のヒト血液脳関門モデルの開発に取り組んできました6)。ヒト血液脳関門モデル構築において、これらヒト不死化細胞は、血液脳関門機能を持ち、かつ扱いが簡便で安定している点で他の細胞種より優れています。そのため、ヒト不死化細胞による血液脳関門モデルを用いることで、薬物の脳到達に関する様々な研究を効率的に進めることが出来ます。実際に私達は、これまでの研究により、二次元型および三次元型のヒト血液脳関門モデルを薬物のヒト脳移行予測に用いることが出来る可能性を報告してきました。

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『B4-Quartet』 -血液脳関門の攻略に向けた産学共同研究-

そこで次は、ヒト血液脳関門モデルを用いて「薬物の脳到達における課題」を解決していく段階となります。つまり、ヒト血液脳関門モデルを薬物の脳移行性評価や脳内濃度予測、薬物の脳送達キャリアの開発に応用し、さらにこれらを効果的に実際の創薬プロセスの中に組み込んでいく段階です。これを実現するには、臨床情報と共にヒト血液脳関門モデルより得られる結果を、モデリング&シミュレーションなどの定量的アプローチで統合的に解析・検証していくことが必要となります。このように高度で多岐に渡る専門性を要する研究を実施するためには、より強力な産学連携体制が求められます。
そこで私達は、新たに千葉大学(機関研究代表:石井伊都子)の参画も含めて産学連携体制を強化し、「薬物の脳到達における課題」を解決する新たな共同研究体制を「The“Beyond the Blood-Brain Barrier”- Research Quartet (B4-Quartet)」としてスタートさせます。B4-Quartetでは、ヒト血液脳関門モデルの改良も同時に進めながら、多様化するモダリティーに対応出来るよう複数のテーマを設定して研究を推進します。さらにB4-Quartetは、血液脳関門を越える研究のフォアランナーとして、ヒト血液脳関門モデルを組み込んだ新たな中枢神経系疾患創薬の候補品選別プロセスを確立し、それを一般化することで、創薬基盤技術から中枢神経系疾患治療薬の創出を加速させることを目指します7)。私達B4-Quartetが見据える未来は、血液脳関門を越えた先にある、中枢神経系疾患を克服した世界です。
B4-Quartetの成果は、随時、学会、論文、プレスリリースにて公開していきます。また、東京薬科大学薬学部個別化薬物治療学教室のホームページにも本内容をまとめます。B4-Quartetは創薬の非競争領域を強化するオープンコラボレーションの一環です。ご質問や関心がございましたら、末尾にある連絡先までお気軽にお問い合わせください。

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用語解説

  1. 血液脳関門:中枢神経系機能の維持と保護のために、脳内と循環血中の物質の往き来を制限する関門構造であり、脳血管の血管内皮細胞を実体としています。関門機能の分子実体は、脳血管内皮細胞同士の強固な結合(密着結合)および細胞に存在する薬物排出トランスポーターです。脳血管内皮細胞がこれら関門機能を発揮するためには、脳周皮細胞(ペリサイト)やアストロサイトなど他の脳内細胞による助けが必要とされます。
  2. 脳毛細血管内皮細胞:脳の毛細血管を構成している血管内皮細胞。脳全域に薬が行き渡るためには、薬は脳毛細血管内皮細胞による血液脳関門を透過する必要があります。そのため、中枢神経系疾患に対する治療薬開発や薬物治療を考える上では、薬の脳毛細血管内皮細胞による血液脳関門の透過性が重要です。
  3. アストロサイト:中枢神経系に最も多く存在するとされる細胞。アストロサイトは多彩な生理機能を持ち、神経細胞と協調して神経活動を制御しているほか、突起状構造(エンドフィート)を伸ばして脳毛細血管を覆いながら、血液脳関門の機能にも必須の役割を担っています。
  4. 脳ペリサイト:脳血管の周囲に存在する細胞。血管平滑筋細胞と類似の性質も認められるものの、両者は異なる細胞種と考えられています。ペリサイトは全身の血管に認められるものの、血管に対するその存在比率は脳において最も高く、このことが血液脳関門の機能維持に重要であると考えられています。その他にも様々な生理機能を有すると推定されているものの、その詳細には不明な点が多いのが現状です。
  5. 可逆的不死化細胞:ヒト不死化細胞は、ヒト初代培養細胞に不死化遺伝子の導入により作成することができます(動物由来細胞の場合は、不死化遺伝子のトランスジェニック動物から樹立する例もある)。この際、用いる条件に依存して機能を発揮する不死化遺伝子を導入することで、可逆的不死化細胞を作成することができます。即ち、一定の条件下では永続的な増殖能を発揮するものの、その条件を解除すると不死化シグナルが消え、理論上は初代培養細胞の状態に戻る。不死化遺伝子の機能を限定的な条件下で発揮させる方法は複数あり、温度を用いる方法(本研究で使用)や遺伝子組み換えを用いる方法などが知られています。
  6. 二次元型および三次元型のヒト血液脳関門モデル:二次元型とは、この場合トランスウェルカルチャーシステムを用いたヒト血液脳関門モデルを指します。トランスウェルカルチャーシステムは通常の細胞培養ウェルとインサートを組み合わせることで、培養空間を二相にわけて細胞を間接的に共培養する方法です。インサートはウェルの側面上部に引っ掛け宙づり状態にします。インサート下面に多孔質膜が張られ、その膜上で細胞を培養することができます。インサート下面とウェル底面には隙間があり、ウェル底面の細胞とインサート上面の細胞が液性因子を介してコミュニケーションを取ることができます。
    一方、三次元型とは、この場合階層スフェロイド型ヒト血液脳関門モデルを指す。非吸着培養容器内でHASTR/ci35とHBPC/ci37のスフェロイドを構築し、その外層をHBMEC/ci18が覆って血液脳関門を形成するモデルです。これは、通常の脳血管を内外反転させた形態です。本培養法はトランスウェルカルチャーシステムと異なり、細胞は立体的に存在し、さらに細胞間で直接コミュニケーションを取ることができるため、高度な生体模倣が可能となる方法です。
  7. 補足:私達はヒト血液脳関門モデル構成細胞として可逆的ヒト不死化細胞を用いますが、 ヒト血液脳関門モデルは他の細胞腫を用いても構築することができます。したがって、私達の細胞を使わずとも、どの研究グループであっても創薬プロセスにヒト血液脳関門モデルを組み込んでいくことが可能です。

本研究は、東京薬科大学・千葉大学・エーザイ株式会社・小野薬品工業株式会社の共同研究により実施します。

【取材に関するお問い合わせ先】

東京薬科大学 総務部 広報課

【研究に関するお問い合わせ先】

東京薬科大学 薬学部 個別化薬物治療学教室 教授 降幡 知巳