ニュース&トピックス がん細胞の増悪に関与するHER2を分解へと導く化合物を開発~新規作用機序を有する抗がん剤の開発へ~|プレスリリース

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2023.02.10

プレスリリース

がん細胞の増悪に関与するHER2を分解へと導く化合物を開発~新規作用機序を有する抗がん剤の開発へ~

東京薬科大学薬学部病態生化学教室の濵田圭佑助教、野水基義教授らの研究グループは、がん細胞の増悪に関与することが知られている膜タンパク質、Human epidermal growth factor receptor 2 (HER2)注1) を効率的に分解へと導く化合物 (HER2-LYTAC) を開発することに成功しました。

本研究にて見出されたHER2-LYTACは、これまでにない新規作用機序を有する抗がん剤としてHER2陽性癌治療薬の開発へと繋がる可能性を秘めており、さらなる研究の発展が期待されます。

本研究成果は、2023年2月15日 午前11時 (米国東部時間) に米国科学雑誌Cellの姉妹紙「Cell Reports Physical Science」のオンライン版に掲載されました。

ポイント

  • がんの増悪に関与する膜タンパク質HER2を効率的に分解へと導く化合物 (HER2-LYTAC) の開発に成功した。
  • HER2-LYTACが、HER2を高発現するヒト乳癌細胞株の増殖を有意に抑制することを明らかにした。
  • HER2を高発現するがんに対する新規作用機序の抗がん剤として、さらなる開発が進むことが期待される。

本研究全体の概要図

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研究の背景

HER2は、細胞膜表面に存在するタンパク質 (膜タンパク質) で、正常細胞では増殖や移動、分化などの細胞機能の調節・維持に関与しています。しかし、様々な理由でHER2の発現を司るHER2遺伝子 (ERBB2遺伝子) に増幅や変異が生じると、複数の細胞内シグナル伝達経路が活性化し、細胞が悪性化 (がん化) することが知られています。これまでに一部の胃癌や乳癌、卵巣癌などでHER2が過剰発現することが知られており、HER2の働きを阻害することを目的とした分子標的薬の開発が盛んに行われてきました。これにより患者の生存期間が延長し、QOLが改善されてきている一方、これらの薬物治療に対する抵抗性や耐性を獲得する例も知られており、新規作用機序を有する薬剤の開発が望まれています。

研究の内容

今回、研究グループは、次世代の創薬モダリティ2) として注目されているLysosome targeting chimera (LYTAC)3) と呼ばれる分子複合体に着目し、HER2そのものを細胞膜表面から減少させることを目的とした新規作用機序の抗がん剤開発を行いました。LYTACは、① 細胞膜表面と、細胞内外から取り込まれた生体分子を分解 (加水分解) する機能を持つ細胞内小器官であるリソソームとの間を行き来することが知られているタンパク質 (Insulin-like growth factor type II receptor; IGFIIR) に対して選択的に結合する分子と、② 標的とする (分解へと誘導したい) 膜タンパク質に結合する分子とを、架橋 (リンカー) 構造を用いて互いに結合させた分子複合体を指します。

本研究では、IGFIIRおよびHER2に対して特異的に結合する分子として、一本鎖DNAからなるDNAアプタマー4) (IGRIIRapおよびHER2ap) を採用し、それらを互いにリンカー構造を介して結合させ、複合体とすることで、HER2を効率的に分解へと導くLYTAC (HER2-LYTAC) を合成しました (図2)。HER2-LYTACは、HER2高発現ヒト乳癌細胞株 (SKBR3) 表面に存在するHER2の、エンドサイトーシス5) による細胞内取り込みを促進し、続く分解へと導くことで、HER2量を約4割程度にまで減少させる (図3A) ことが示されました。また、HER2-LYTACによるHER2の分解は、濃度依存的かつ時間依存的であることも示されました (図3B-C)。さらにHER2-LYTACは、HER2の分解を介してHER2依存性の細胞内シグナル伝達を顕著に抑制することで、SKBR3細胞の増殖を有意に阻害することが示されました (図3D)。

以上の結果から、HER2-LYTACは、HER2陽性癌に対するこれまでにない新たな作用機序を有する抗がん剤として、有用であることが強く示唆されました。

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本研究成果が社会に与える影響

本研究では、癌細胞表面に存在するHER2を効率的に分解へと導くことで癌細胞の増殖を抑制する化合物、HER2-LYTACの開発に成功しました。HER2-LYTACは新たな作用機序を有する抗がん剤としてHER2陽性癌の治療薬開発へと繋がる可能性を大いに秘めており、今後のさらなる研究開発が期待されます。

研究資金

本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金 (科研費) の支援のもとで行われたものです。

発表雑誌

雑誌名: Cell Reports Physical Science

論文名: Development of a bispecific DNA-aptamer-based lysosome-targeting chimera for HER2 protein degradation

著者

濵田圭佑1*、橋本天1、岩下莉乃香1、山田雄二1、吉川大和1、野水基義1 (*責任著者)

1. 東京薬科大学 薬学部 病態生化学教室

掲載日

日本標準時2023年2月16日1時 / 米国東部標準時2023年2月15日11時

本論文はオープンアクセスでの出版のため、報道関係者や一般の方も含めて、無料で論文の全文をダウンロード可能です。

また、本研究成果は、第143回日本薬学会年会においても共著者の学部学生が発表予定です。

DOI

https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2023.101296

用語解説

注1 Human epidermal growth factor receptor 2 (HER2)

細胞表面に存在する約185KDaの糖タンパク質で細胞の増殖や分化の制御に関与している。HER2遺伝子の異常により細胞の増殖や分化の制御が破綻すると、細胞が悪性化 (がん化) することも知られている。

注2 創薬モダリティ

創薬の基盤技術となる方法や手段を表す用語。低分子化合物や抗体医薬、核酸医薬、ペプチドなどを用いた中分子医薬、そして本研究にて着目した標的タンパク質分解誘導薬などが含まれる。

注3 Lysosome targeting chimera (LYTAC)

2020年に初めて報告された (Banik SM et al., Nature, 584, 291-297 (2020))、細胞膜タンパク質や細胞外タンパク質を選択的に細胞内に取り込ませ、リソソームへと誘導することによって分解へと導く化合物の名称。細胞膜表面とリソソーム表面とを行き来する受容体 (lysosome shuttling receptor) に結合する分子と、標的タンパク質に結合する分子、およびそれら2分子をつなぐリンカー構造から構成される。

注4 DNAアプタマー

抗体のようにタンパク質などの特定の物質に対して高い親和性と特異性をもって結合する一本鎖DNA分子。化学合成が容易、免疫原性が少ないなど、抗体にはない利点を有しており、現在、特定の分子に対する阻害剤としての創薬研究 (治験) も数多く展開されている。また、その高い標的分子結合能を活かして、薬物送達分野への応用も盛んである。

注5 エンドサイトーシス

飲食作用とも呼ばれる。細胞が細胞膜の形態変化を引き起こすことによって、細胞外や細胞膜表面の物質を細胞内に取り込む現象の一つ。

関連リンク

【取材に関するお問い合わせ先】

東京薬科大学 総務部 広報課

【研究に関するお問い合わせ先】

東京薬科大学 薬学部病態生化学教室 助教 濵田 圭佑