ニュース&トピックス 第3回生命科学セミナーが開催されました。「上皮組織の形態形成制御研究を基盤とした新規の抗癌剤開発」菊池章(大阪大学医学系研究科 分子病態生化学 教授)

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2019.07.17

第3回 生命科学セミナー

日時 7月17日(水)17時~
場所 4301 講義室
演者
菊池 章
大阪大学医学系研究科
分子病態生化学 教授

上皮組織の形態形成制御研究を基盤とした新規の抗癌剤開発

生物の“形作り”の基本である上皮形態形成の分子機構を理解することは生命科学、医学の重要な課題である。私共は上皮が作る管状構造に興味を持ち解析を行っている。上皮管腔組織は唾液腺や肺、消化管、肝臓、膵臓、腎臓、乳腺等の器官形成のための極性化した上皮細胞から成る中空の構造である。また、悪性腫瘍の発生母地の多くが上皮組織であることから、上皮管腔組織の形成・維持と破線の分子機構を明らかにすることは、癌研究の進展につながる。上皮管腔組織の形成過程では、上皮細胞は伸長や運動、極性化しながら細胞外基質内でその形態を変化させる。この過程は、癌細胞の間質内での増殖、浸潤の過程と類似しており、様々な液性因子のシグナルや細胞外基質との接着を介したシグナルによって、細胞機能が制御されると考えられるが、その分子機構は十分に理解されていない。

私共は、培養上皮細胞とマウス胎児組織を用いて、WntシグナルとEGFシグナルの協調的作用により、Arl4c(低分子量Gタンパク質)が発現することを見出した。Arl4cの発現は、胎生期においてはRho-Rac-YAP / TAZ経路を介して、上皮細胞の増殖や運動を促進して、その結果管状構造が形成された。Arl4cは出生後の正常組織では発現がほとんど認められないが、大腸癌や肺癌、肝癌等で高頻度に発現し、Arl4cを介して癌細胞の増殖や運動が促進されることが判明した。さらに、Arl4cの発現を阻害するアンチセンス核酸(ASO)が腫瘍増殖を抑制することも明らかになった。

一方、極性化した上皮細胞におけるWntの分泌方向性とその機構にも興味を持ち、Wntの糖鎖修飾が極性化分泌に重要であることを明らかにした。その研究の過程で、Wntシグナル抑制分泌タンパク質であるDickkopf1(DKK1)はアピカル側から分泌され、しかもDKK1をアピカル側から作用させた時にのみ細胞増殖が促進することを見出した。そこで、上皮細胞のアピカル側に存在するDKK1の結合タンパク質を網羅的に探索したところ、DKK1の新規受容体としてCytoskeleton associated protein 4(CKAP4)を同定した。CKAP4はN端側が細胞質に向くII型膜タンパク質(1回膜貫通型)であった。DKK1がCKAP4に作用するとPI3キナーゼ-AKT経路を活性化して上皮細胞増殖を促進した。DKK1とCKAP4は膵癌と肺癌、食道癌で高頻度に発現して、両者が発現する症例の予後は不良であった。さらに、CKAP4に対する抗体は、癌細胞におけるDKK1依存性のAKTの活性化と腫瘍増殖能を阻害した。

本セミナーでは、上皮組織の形態形成制御研究の視点で見出されたArl4cとCKAP4が、癌治療の分子標的になる可能性について議論したい。

問い合わせ先

分子生化学研究室 柳 茂