学科紹介 「発酵」と「腐敗」の違いは何で決まる?

今これを読んでいるみなさんも、様々なところで「発酵食品」という言葉を聞く機会があるはずです。代表的な発酵食品としては、味噌、醤油、酢、納豆、漬物、ヨーグルト、チーズ、パン、酒類などが挙げられますが、微生物(細菌・酵母・カビなど)を用いて、伝統的に作られてきた、何となく体に良さそうな食品というようなイメージがあるのではないかと推察します。では「そもそも『発酵』とは?」と尋ねられた時に、自信を持って答えられる人はあまり多くないのではないでしょうか。

それもそのはず、実は「発酵」という言葉には、様々な定義や解釈が存在するからです。

例えば、生化学・微生物学分野における「発酵」という言葉の定義は非常に狭く、「酸素のない状態で微生物により糖質が分解されてエネルギーが作り出されること」です(ちなみに、この過程で周りに酸素が存在している場合は「呼吸」と呼ばれます)。

反対に、とても広い意味で「発酵」という言葉が使われる場合もあります。例えば、「発酵茶」と呼ばれる紅茶の製造では、茶葉自身が持つ酸化酵素が重要な働きをしており、微生物は関与していないことが分かっています。またイカの身と内臓および塩だけという伝統製法で仕込まれたイカの塩辛も、イカの筋肉が持つタンパク質分解酵素により自身のタンパク質が分解され、アミノ酸つまり旨味成分が増すという自己消化作用を利用したものですが、こちらも微生物がほぼ関与していない【注】にも関わらず、「発酵食品」とされることが多いのが実情です。これらは、見た目・匂い・味などが明らかに原材料から変質しているものの、それが微生物の働きによるものなのか、原材料自体が持つ酵素の作用によるものなのかが分からなかった(科学的に証明されていなかった)時代から作られてきたもの。つまり、この場合の「発酵」という言葉は、仕組みは良く分からないが、変質した食品は全て「発酵食品」として扱っていた時代の「名残」であると考えることもできます。

現在、食品の世界で一般的に使われている「発酵」とは、「酸素の有無に関わらず、ある食品および原材料が、微生物の働きにより、人間にとって有益なものに変質すること」と定義することができます。ここで重要なのが「微生物の働き」と「人間にとって有益」という2点。微生物の働きにより食品が変質した時に、それが人間にとって好ましくないように変質してしまった場合は「腐敗」と呼ばれます。例えば、細菌の一種である乳酸菌と牛乳を混ぜてヨーグルトを製造する場合は、人間にとって有益なものということで「発酵」です。しかしながら、牛乳の蓋を開けたまま室温に放置しておいたら別の細菌やカビが生えてドロドロになってしまったなどと言う場合、「原材料は牛乳」と「微生物の働きによって変質」という点では同じですが、人間にとって好ましくない(食べられない)ので「腐敗」となります。また微生物の働きによって食品の保存性が増すというような場合も、人間にとっては有益ですので「発酵」ということになりますね。

とはいえ、食に関する「好ましい・好ましくない」は人それぞれ。個々人が持つ味覚は言うまでもなく、幼少の頃から何を食べてきたかという食経験、地域的な食文化などによっても大きく左右されます。しかも発酵食品は独特の香りを持つものが少なくないため、その傾向はより顕著になります。ある人にとっては「発酵」食品であったとしても、別な人にとっては「腐敗」したものと感じられてもおかしくない訳です。こんな時(発酵食品に限らずですが)には、苦手な人に無理強いすることなく、また反対に苦手な人も毛嫌いすることなく、お互いの食の好みを心から尊重できるような寛容な世の中になったら素敵ですね。

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  • 【注】近年の研究により、イカの塩辛の製造過程における旨味成分の上昇は確かに自己消化作用によるものだが、その独特の風味の醸成には微生物の発酵が関与している可能性が示唆されています。