ニュース&トピックス 緑藻クロレラのリン欠乏応答性脂質リモデリングの解明 -- 有用藻類種の再生エネルギー生産、地球環境の持続への利用に向けて|プレスリリース

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2022.01.11

プレスリリース

緑藻クロレラのリン欠乏応答性脂質リモデリングの解明 -- 有用藻類種の再生エネルギー生産、地球環境の持続への利用に向けて

ポイント

成果について
クロレラではリンが十分に存在する通常の生育条件下、その生体膜を構築する脂質としてリンを含む脂質(リン脂質)が多く存在しますが、リン欠乏ストレスに曝されるとリンを含まないベタイン脂質が新規に合成され、リン脂質と置き換わりました。この脂質組成の変動、つまり脂質リモデリングは、関連する代謝酵素遺伝子群の発現制御により誘導されました。
研究の背景
リンは生体内でDNAやATP等のリン化合物を構成する重要な元素で、光合成生物は環境中からリン源として主にリン酸を取り込み、それらリン化合物の代謝に利用します。しかし、光合成生物は一般にその生育環境がリン酸に乏しいため、リン欠乏ストレスに曝されます。緑色光合成生物の中で最も進化したとされる種子植物では、リン欠乏下、生体膜でリン脂質が減少し、代わりにリンを含まない糖脂質が増加します。この脂質リモデリングは、植物体のリンの要求度を低下させるため、リン欠乏ストレスへの適応戦略とされます。本研究では、種子植物の祖先とされる緑藻において、そのリン欠乏ストレス適応機構を生体膜脂質に焦点を当て調べました。
今後の展望
緑藻等の微細藻類は、リン欠乏等の環境ストレス下、光合成を利用し、油脂を多量に蓄積します。この油脂は現行の、あるいは次世代のバイオディーゼル燃料の原料となります。したがって、光合成微生物を利用した油脂の生産は、再生可能エネルギーの生産、地球環境の持続に大きく貢献します。本研究の成果は、これらクロレラを含む有用藻類において、遺伝子操作でベタイン脂質の合成能を高め、それによりリン欠乏ストレス耐性を強化する基盤となり、ひいては油脂生産能の改良へとつながることが期待されます。

概要

光合成生物はその多くが自身で移動できないため、環境ストレスを受けるとストレスから逃れるのではなく、その場に留まったままストレスに適応します。光合成生物の主要栄養素の一種、リン源となるリン酸は、生育環境中に乏しく、したがって、光合成生物はリン欠乏ストレスを受けやすくなります。本研究では、緑藻のクロレラにおいてリン欠乏ストレス下、その生体膜では非リン脂質でベタイン脂質のジアシルグリセリルトリメチルホモセリン (DGTS) が新規に合成され、それまで主要な膜脂質であった、リン脂質のホスファチジルコリン (PC) やホスファチジルエタノールアミン (PE) とほぼ完全に置き換わることが示されました (Fig. 1a, b)。この膜脂質の組成の変化、つまり脂質リモデリングは、DGTSの合成酵素等、関連する代謝酵素遺伝子の発現誘導により引き起こされていました。この脂質リモデリングは、クロレラ細胞において、DGTSを新たに合成することで、生体膜の生理機能を損なうことなく、PCとPEの合成量を減少させ、かつ、これらリン脂質の分解により細胞内にリン酸を遊離させます。つまり、細胞のリンの要求度を低下させる、リン欠乏ストレスへの適応応答と捉えることができます。藻類ではクロレラを含め、リン欠乏下、高度な油脂生産能を示す種が多く存在し、その産業利用は再生可能エネルギー生産、地球環境の持続に大きく貢献すると期待されます。今後はDGTS合成酵素の高度発現等の遺伝子操作を利用し、これら有用藻類のリン欠乏ストレス耐性の強化、ひいては油脂生産能の改良につなげたいと考えています。

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20220111-1400_1.jpgFig.1 リン欠乏ストレス下、クロレラにおける脂質リモデリング

膜脂質の量的変動のTLC解析 (a) とGC解析 (b)。リン欠乏ストレス下への移行後、DGTSが出現したのに伴い、PCとPEが分解された。クロレラDGTS合成酵素のアミノ酸配列 (c; 上段。下段、クラミドモナスのオーソログ)とその遺伝子のゲノム構造 (d)。(e)クロレラDGTS合成酵素の機能解析。大腸菌にクロレラDGTS合成酵素 (CkBTA1) を発現させるとDGTSが蓄積した。

発表雑誌

雑誌名
Communications Biology
論文名
Diacylglyceryl-N,N,N-trimethylhomoserine-dependent lipid remodeling in a green alga, Chlorella kessleri
著者
Yutaro Oishi, Rie Otaki, Yukari Iijima, Eri Kumagai, Motohide Aoki, Mikio Tsuzuki, Shoko Fujiwara and Norihiro Sato
Doi
10.1038/s42003-021-02927-z

取材に関するお問い合わせ先

東京薬科大学 総務部 広報課

研究に関するお問い合わせ先

東京薬科大学 生命科学部 応用生命科学科 環境応用植物学研究室 准教授 佐藤典裕