ニュース&トピックス 小児神経難病に関わるミトコンドリアの異常を解明〜脳内グリア細胞変性疾患に関連する遺伝子異常は、ミトコンドリアの動態を抑制する〜|プレスリリース

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2023.02.10

プレスリリース

小児神経難病に関わるミトコンドリアの異常を解明〜脳内グリア細胞変性疾患に関連する遺伝子異常は、ミトコンドリアの動態を抑制する〜

東京薬科大学 生命科学部 分子神経科学研究室の山内淳司教授の研究チームは、「脳内グリア細胞変性疾患に関連する遺伝子異常は、ミトコンドリアの動態を抑制する」ことを明らかにしました。これにより、治療法のなかった、難病の希少小児疾患の新たな治療基盤を提供できる可能性が示唆されます。細胞のエネルギーを産生するミトコンドリアは、脳内の電気信号の伝達に関与するグリア細胞に重要な役割があることが分かりました。

ポイント

研究の背景と概略
全国に200名程度の患者がいると推定される先天性大脳白質形成不全症(HLD)は、脳の60%を占めている白質が、正常に発達しないことが原因で発症する遺伝性の小児疾患です。本研究では、試験管内モデルを用い、HLDの原因と関連がある遺伝子の異常が、細胞内エネルギー産生を担うミトコンドリアの巨大化を引き起こし、脳内(中枢神経)グリア細胞の成熟を阻害することを明らかにしました。本研究により神経疾患の新たな治療基盤が提供できる可能性が示唆されます。
研究の対象
脳内グリア細胞のひとつであるオリゴデンドロサイト前駆細胞(グリア系の幹細胞)は、神経機能を発揮する細胞形態に分化します。分化した細胞膜で神経細胞から伸びた突起(神経軸索、アクソンとも言う)を覆うことで、神経細胞の電気伝導速度を向上させます。この覆いを髄鞘(ミエリン)と言い、髄鞘をもつオリゴデンドロサイトを成熟したオリゴデンドロサイトといいます。しかし、神経変性疾患では髄鞘の形成が異常であると、神経機能が著しく低下します。HLDでは髄鞘形成に関与していることが分かっている遺伝子の変異により、末梢神経障害や発達遅延が起こりますが、根本的な治療法は分かっていません。
成果について
HLDの原因と関与する遺伝子は、ミトコンドリアに存在し、アミノ酸の還元酵素(レダクターゼ)です。この遺伝子変異(遺伝子の機能を低下させること)が起こると、オリゴデンドロサイト前駆細胞の成長が阻害されることを明らかにしました。これは、遺伝子阻害によってミトコンドリアが異常に巨大化したことが原因と考えられ、神経細胞の成長に多大な影響を及ぼすことを示唆しています。

概要

内容について
(1)HLD10関連遺伝子の変異がオリゴデンドログリア前駆細胞の成熟を抑制しました。
(2)それは成熟評価マーカーのタンパク質の発現の減少でも確認できました。
(3)この影響はミトコンドリアが異常に巨大化したことが原因と考えられます。
(4)遺伝子変異によって、ミトコンドリアの融合が起こっていることが判明しました。
展望について
(1)生命科学的(理学的)な展望としては、HLD10関連遺伝子が、どのような分子メカニズムでオリゴデンドログリア細胞の成熟を阻害するのかを明らかにしなければいけないと考えています。
(2)基礎医学的(医科学的)な展望としては、他の神経変性疾患においてもHLD10関連遺伝子の動態を検証し、根治療法のなかった疾患に対する新しい治療戦略を構築する必要があります。

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図1 ミトコンドリアの模式図。ミトコンドリアは細胞内でエネルギー産生に重要な役割を果たしています。細胞内に異常なミトコンドリアが多くなると、細胞はエネルギーが産生できず、死滅、もしくは成長不全などの異常な動態が起こります。

 

zu2.png図2 HLDの原因に関連する遺伝子Pycr2の代謝経路。細胞のエネルギー源であるグルタミンはミトコンドリア内に入るとP5Sという物質から、アミノ酸のプロリンを産生します。このときに必要なのが還元酵素であるPycr2です。プロリンは神経細胞の成長に関与することが知られています。

これらの研究は、東京薬科大学生命科学部分子神経科学研究室の嘱託助教の白井玲美奈らを中心にして行われた研究成果です。

原著論文

科学誌名
Neurol. Int.(国際神経内科学誌)
年巻
2022年 14巻 1062〜1080頁
論文題名
Hypomyelinating Leukodystrophy 10 (HLD10)-Associated Mutations of PYCR2 Form Large Size Mitochondria, Inhibiting Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation
著者氏名
Tomohiro Torii, Remina Shirai, Risa Kiminami, Satoshi Nishino, Takanari Sato, Sui Sawaguchi, Nana Fukushima, Yoichi Seki, Yuki Miyamoto, and Junji Yamauchi*
所属[*]
* 責任著者
  東京薬科大学生命科学部
  国立成育医療研究センター薬剤治療研究部(兼任)
  東京都医学総合研究所糖尿病研究プロジェクト(兼任)
同一貢献度
論文情報

取材に関するお問い合わせ先

東京薬科大学 総務部 広報課

研究に関するお問い合わせ先

東京薬科大学 生命科学部 分子神経科学研究室 教授 山内淳司