ニュース&トピックス 美容成分「ヒアルロン酸」の脳への影響を解明〜多発性硬化症でおきる斑点状構造でよく見られるヒアルロン酸は脳の成熟を阻害する〜|プレスリリース

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2022.09.09

プレスリリース

美容成分「ヒアルロン酸」の脳への影響を解明
〜多発性硬化症でおきる斑点状構造でよく見られるヒアルロン酸は脳の成熟を阻害する〜

 東京薬科大学 生命科学部 分子神経科学研究室の山内淳司教授の研究チームは、「多発性硬化症時のプラークによく見られるヒアルロン酸は脳内グリア細胞に毒性を示す」ことを明らかにしました。これにより、年々増加傾向にある多発性硬化症(MS)及び類似疾患の新たな治療基盤を提供できる可能性が示唆されます。ヒアルロン酸は化粧品成分に使用されることで有名ですが、実は脳での役割はこれと異なり病気との因果関係が指摘されています。

ポイント

研究の背景と概略
年々増加傾向にある多発性硬化症(MS)は、脳の炎症性疾患であると定義されることが多くあります。本研究では、試験管内モデルを用い、多発性硬化症の病態を示すプラーク(斑点状構造)でよく検出されるヒアルロン酸が中枢神経(脳内)のグリア細胞の成熟を阻害することを明らかにしました。本研究により多発性硬化症の新たな治療基盤が提供できる可能性が示唆されます
研究の対象
脳内グリア細胞のひとつであるオリゴデンドロサイト前駆細胞(グリア系の幹細胞)は、神経機能を発揮する細胞形態に分化します。分化した細胞膜で神経細胞から伸びた突起(神経軸索、アクソンとも言う)を覆うことで、神経細胞の電気伝導速度を向上させます。この覆いを髄鞘(ミエリン)と言い、髄鞘をもつオリゴデンドロサイトを成熟したオリゴデンドロサイトといいます。しかし、多発性硬化症などの疾患で、髄鞘が自己抗体で破壊されると、覆いがあった神経突起がむき出しになり神経機能が著しく低下します。そして、多発的に髄鞘が壊れ、結果として脳内で多発的にプラークが見られるようになると考えられています。このときに自己抗体反応が先に起こるのか、それが副次的な作用で脳内に異常を起こすのかは現在のところ完全に分かっていません。
成果について
ヒアルロン酸(グルコサミンとグルクロン酸の2種類の糖が10000個くらいまたはそれ以上結合した巨大分子、保湿機能などをもち美容成分やサプリ成分として利用されることもとても多い)は、多発性硬化症の病態プラーク内に多く存在するデブリ(壊れた断片や廃棄物という意味をもちます)のひとつであるとされています。ヒアルロン酸をオリゴデンドロサイト前駆細胞やその株化細胞(不死化細胞)に添加すると、成熟過程が阻害されることを明らかにしました。このことは、ヒアルロン酸が神経機能全般に影響を及ぼすことを示唆しています。

概要

内容について
(1)ヒアルロン酸がオリゴデンドログリア前駆細胞の成熟を抑制しました。
(2)その効果はヒアルロン酸の濃度依存的でした。
(3)これは成熟評価マーカーのタンパク質の発現の減少でも確認できました。
(4)Aktキナーゼを中核としたシグナル伝達経路の減弱が根底にあることが判明しました。
展望について
(1)生命科学的(理学的)な展望としては、多発性硬化症でみられるヒアルロン酸がAktキナーゼを介し、どのような分子メカニズムでオリゴデンドロサイト前駆細胞の成熟を阻害するのかを明らかにしなければいけないと考えています。
(2)基礎医学的(医科学的)な展望としては、病態脳でヒアルロン酸を除去できれば病態の進行が止まる、または遅延するかを明らかにする必要があります。

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図1 多発性硬化症脳の模式図(分かりやすく記載したために本物の病態とは異なります)。多発性硬化症では、脳に病巣の灰色で示した部分(斑点またはプラーク)があります。これが多発的に脳に起きるために、多発性という表現が用いられます。

 

2saibou.png図2 ヒアルロン酸の添加により成熟したオリゴデンドロサイトは異常形態をとるようになります。ここで示した写真は形態の典型例として載せたものです。

  これらの研究は東京薬科大学生命科学部分子神経科学研究室の修士2年の佐藤宝成らを中心にして行われた研究成果です。

原著論文

科学誌名
Biochem. Biophys. Res. Commun.
年巻
2022年 624巻 102〜111頁
論文題名
Hyaluronic acid and its receptor CD44, acting through TMEM2, inhibit morphological differentiation in oligodendroglial cells.
著者氏名
Takanari Sato, Remina Shirai, Mikinori Isogai, Masahiro Yamamoto, Yuki Miyamoto, and Junji Yamauchi*
所属[*]
* 責任著者
東京薬科大学生命科学部
国立成育医療研究センター薬剤治療研究部(兼任)
東京都医学総合研究所糖尿病研究プロジェクト(兼任)

取材に関するお問い合わせ先

東京薬科大学 総務部 広報課

研究に関するお問い合わせ先

東京薬科大学 生命科学部 分子神経科学研究室 教授 山内淳司