研究活動研究者が語る 東薬の先端研究 いのち(生)をまも(衛)るためのサイエンス 〜酸素ストレスによる自然免疫活性化の功罪〜

早川 磨紀男 教授

薬学部 医療衛生薬学科 衛生化学教室

衛生薬学って、何を学ぶの?

薬学の領域では、薬により疾病を治療するための学問だけではなく、疾病に罹患しないように健康の保持増進をはかり、健康障害を防止するための学問、「衛生薬学」が重要な地位を占めています。「衛生」という言葉には、“いのち”を“まもる”という意味が込められています。健康を損なう環境要因、生活習慣要因を可能な限り遠ざけ、食習慣の見直しなどによりこれらの要因を改善することで、疾病の予防、健康の増進を目指す学問です。

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アンチオキシダントとフードファディズム

私たちは酸素なしには生きられません。一方で酸素が人体に有害な活性酸素となるとDNAやタンパク質を障害し、癌などの慢性疾患の発症・増悪の要因になるとともに、組織の老化を進行させると考えられています。このため、「悪玉の活性酸素を消去する作用(アンチオキシダント作用)」を謳い文句とした健康食品類が市販されていますが、科学的根拠が不十分な情報が喧伝されることも多く、「フードファディズム」と呼ばれる社会問題を引き起こしています。

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免疫反応の司令塔NF-κBと活性酸素

活性酸素との関わりが示唆されてきた分子にNF-κBがあります。NF-κBは免疫反応で中心的役割を果たす転写因子で、その制御の破綻は、炎症の慢性化や癌の悪性化につながります。NF-κBは病原体感染やサイトカイン刺激により速やかに活性化されますが、この活性化を阻害するN-アセチルシステイン(NAC)とピロリジンジチオカルバメート(PDTC)が著名な研究者によりアンチオキシダントとして紹介されたため、「NF-κB活性化に活性酸素が必要である」という仮説が流布しました。我々はNAC、PDTCがアンチオキシダント作用とは無関係な機構でNF-κB活性化を阻害することを示し、NF-κBは活性酸素が無くても活性化することを証明しました。

酸素ストレスによる自然免疫の活性化?

NF-κB活性化に活性酸素は必要ありませんが、活性酸素の一種の過酸化水素に曝露された細胞でNF-κB活性化が観測されることがあります。我々は、こうした酸素ストレスよるNF-κB活性化が観測されやすい細胞とされにくい細胞があること、細胞を密集培養後、一部の細胞をかきとった後、酸素ストレスを与えるとかきとり面に面して細胞遊走のために細胞膜流動性が高まった細胞でのみ、NF-κB活性化が観察されることを見出しました(図)。さらに、この活性化経路において、自然免疫に関係するToll like receptor (TLR) ファミリー分子のTLR2とTLR4が重要な役割を果たしていることを発見しました。

hayakawa-3.jpg(矢印)NF-κBが核に移行している細胞(NF-κB 活性化細胞)

細胞膜脂肪酸組成とTLR活性制御

自然免疫とは細菌やウイルスなどに固有な成分を細胞膜上に存在するTLRにより認識し、それら病原体の侵入を阻む仕組みです。なぜ、病原体不在下、酸素ストレスが細胞遊走の亢進した細胞においてのみ、TLR2/TLR4を介したNF-κB活性化を誘発するのか、その生理的意義は解明できていません。興味深いことに、細胞培養時に、動物の肉などに多く含まれる飽和脂肪酸のパルミチン酸を添加しておくと、酸素ストレスによるこの経路の活性化が抑制され、地中海食などに豊富な一価不飽和脂肪酸のオレイン酸を添加しておくと、反対に活性化が増強されることがわかりました。今後、この酸素ストレスによる自然免疫活性化の功罪を明らかにしたいと思います。

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