研究活動研究者が語る 東薬の先端研究 脳神経変性疾患の病態解析と新しい治療
高木 教夫 教授
薬学部 医療薬物薬学科 応用生化学教室
脳神経がうまく働かないと一大事!
脳は高次機能を司るとても重要な臓器です。しかし、大人の脳は神経細胞を再生させる力が非常に弱く、そのため、脳の損傷や病気で脳細胞が傷つくと重大な機能障害を引き起こしてしまいます。たとえば脳の血管が詰まり血流が途絶え、神経細胞が次々と死んでしまう脳梗塞は、半身麻痺や言語障害、血管性認知症などの後遺症を引き起こし、多くの場合生活の質が著しく低下してしまいます。また、生活習慣病、例えば糖尿病を合併した脳梗塞患者では治療抵抗性で再発リスクも高いとされています。しかし脳梗塞後の細胞障害のメカニズムは複雑で治療は困難を極めます。そのため、新しい治療薬や治療法の開発が急がれています。
神経幹細胞の存在とその生理学的・病態生理学的意義とは?
これまで長い間、大人の脳では新しく神経細胞は生まれないとされてきました。しかし、近年、大人の脳の中に自己で増殖できる能力(増殖能)と神経細胞やグリア細胞に変化できる能力(多分化能)をもつ神経幹細胞の存在が証明されました。このことは大人の脳でも神経細胞が生まれ変わること(神経新生と呼びます)を意味し、さらには脳が損傷した時にこの神経幹細胞が修復にかかわる可能性が見えてきました。その他にも、うつ病の治療薬の効果発現にも神経新生が係わっているとされています。すなわち、脳の病気をはじめ、様々な場面での神経幹細胞の役割が注目されています。
神経幹細胞で失われた脳機能は再生可能か?
脳内に神経幹細胞が存在するものの、脳梗塞後の脳傷害に対しては、元々ある神経幹細胞の働きのみでは十分に回復できません。そこで我々は、脳から取り出した神経幹細胞を体外で増殖させた後、脳梗塞モデル動物の脳内に移植することで、脳梗塞後の記憶障害やうつ様の症状等を改善することを明らかにしてきました。移植された神経幹細胞が脳機能を改善する「しくみ」はもちろんのこと、元々ある神経幹細胞の存在意義や、病気になったときの役割を深く知ることができれば、失われた脳の機能を再生するような新しい治療方法の発見につながるかもしれません。
ドラッグ・リポジショニングによる中枢神経系疾患治療の新たな展開
今現在すでに使われていて、人での安全性が確認されている薬から、新たな薬効を見つけ出し実用化につなげていくことは、新しい治療薬の開発において有効な手段となります。我々はこれまで多発性骨髄腫の治療薬サリドマイドが、その標的タンパク質を介して脳梗塞後の神経細胞死を抑えることや、ある種の急性肺障害の治療薬がプログラニューリンという分子の分解を防ぐことで脳梗塞後の神経細胞傷害を弱めることを発見してきました。このように、病気を詳しく調べることで別の病気に使われている薬の新たな可能性(ドラッグ・リポジショニング)にたどり着き、治療困難な病気も克服できるかもしれません。
分子から個体まで
中枢神経系はとても複雑で、未知な部分がまだたくさんあります。病気となるともっと複雑になります。時には、別の臓器・組織に影響したり、されたりすると考えられています。このように複雑に色々な要素が絡み合い、精神状態や身体全体の調子にも影響を及ぼす点にも着目し、我々は細胞内の小さな分子から個体に至るまで俯瞰し、病態を解明していくことで、中枢神経系疾患のあらたな治療薬や治療法を見つけようと日々研究を進めています。皆さん、一緒に謎を解き明かしてみませんか?