研究活動研究者が語る 東薬の先端研究 薬剤師が拓く!抗がん薬の副作用克服を目指した新たな治療法開発の扉

鈴木 賢一 教授

薬学部 医療薬学科 臨床薬理学教室

目覚ましいがん薬物治療の進歩

1980年代に国内で抗がん薬のシスプラチンが臨床導入されて以来40年以上が経過しました。この間、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬(以後:ICI)など、新たな作用機序を持つ多くの抗がん薬が開発され現在に至っています。そのため各がん種における治療法は毎年更新され、現在のがん薬物治療はまさに激動の最中といったところでしょうか。シスプラチンが開発された当時はがんと診断された時点での生命予後は、がん種にもよりますが「1年生存率」「3年生存率」という用語が多く用いられ患者への説明時にも引用されてきました。しかしながら昨今は「5年生存率」という用語が汎用されており、新薬が延命効果に大きな影響を与えていることを物語っています。

P1001676 3-2 900.jpg

生存期間が延びる⁉ 副作用対策の重要性

様々な作用機序を持つ抗がん薬の登場は、同時に副作用の多様化にも繋がっています。抗がん薬の延命効果は抗腫瘍効果だけではなく、副作用対策の良し悪しも大きく影響しています。分子標的薬の一つであるエルロチニブによる皮膚症状や、免疫チェックポイント阻害薬による副作用では、発現頻度や重篤度の高い方が生存期間も延長することが先行研究で示唆されています。つまり副作用を理由とした抗がん薬の減量や休薬は、この図で示すように同時に治療効果という最も重要な利益を放棄する可能性があることを認識すべきと考えます。そのため私たちは、より質の高い副作用対策に繋がる新たな治療法の開発を目指した研究を行っています。

suzuki3.jpg

日本の高齢化社会を見据えた副作用予防療法の開発

suzuki4-3.jpg

昨今は抗がん薬治療を受ける高齢者が急速に増えています。副作用の一つである悪心嘔吐に対しては、セロトニン受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾン等を用いた医学的根拠に基づいた適切な予防治療をどの施設においても受けることができます。しかしながらこれらの治療法は若年層(75歳以下)を中心とした臨床試験で決められたものが大半を占めており、高齢者は悪心嘔吐の発現率がもともと低いことや、代謝排泄機能が低下している等の特徴から、より侵襲の少ない治療法でも十分な効果が得られる可能性があると考えています。私たちは、十分な効果を確保しつつも高齢者への身体的負担軽減を目指した治療法の開発を目指しています。

臨床と基礎を繋ぐ橋渡し研究の実現

新規抗がん薬の一つであるICIは、肺がん等において持続する高い治療効果が確認されています。その一方で臨床導入後間もないことから、副作用等に関する情報は少なく、特に他の薬物との相互作用に関する情報は皆無に等しい状況です。私はICI後に投与された抗がん薬の治療効果や副作用が、通常時よりも高まることを報告した先行研究に着目し、こちらの図のように東京医科大学と共同でICIが薬物代謝に与える影響を探索する研究を行っています。またこれまでに、ICI後に投与された分子標的薬による薬剤性肺障害により死亡例が報告されるなど、重大な健康被害が確認されており問題となっています。本研究によりこの事象の原因究明に繋がる結果が得られる可能性があると考えています。

suzuki5-3.jpg

エビデンスを創る!多機関共同研究の実施

臨床現場で活用される新たな治療法の開発には、多くの患者の協力を得た前向き介入研究による検証が必要となります。場合によっては数百例規模の臨床試験が必要となり、医学的視点からもより適切な研究デザインを構築する必要があります。幸いにもこれまで私自身が在籍していた医療機関や本学との連携施設、全国のがん専門病院等との研究ネットワークを通じて、がん専門医をはじめとした研究実現に不可欠な専門家の協力体制は構築されています。このネットワークを活かして、今後も副作用克服に向けた治療法の開発を目指していきたいと考えます。

suzuki7.jpg共同研究者と写る鈴木教授(右から2人目)