研究活動研究者が語る 東薬の先端研究 毒性学的研究を推進し疾病予防と健康増進に貢献する

藤原 泰之 教授

薬学部 医療衛生薬学科 公衆衛生学教室

有害化学物質はなぜ有害なのか?

身の回りには様々な化学物質が多数存在します。それら化学物質の中にはヒトに対して毒性(有害作用)を強く示すものやほとんど示さないものがあります。この違いは何に起因しているのでしょうか?ある化学物質がヒトの体の中に取り込まれても、ヒトの体がその化学物質に対してまったく応答しなければ、毒性は現れません。一方、その化学物質にヒトの体が応答してしまうと、場合によって毒性が現れ病気が発症します。私たちは、特定の化学物質に対してヒトの体がどのような反応を示すのか、すなわち、どのような作用機構でその化学物質が毒性を示すのか、あるいはその毒性が生体内でどのように防がれているのかについての解明研究を行っています。

環境汚染物質であるヒ素の血管毒性発症機序の解明

地下水の飲水を介した慢性ヒ素中毒は、現在においても世界中の多くの国々で深刻な社会問題となっています。私たちはヒ素曝露によって誘発される動脈硬化症の発症機構の解明を目指し、“血液凝固・線溶系”へのヒ素への影響を検討しています。これまでに、ヒ素は血管を構成している血管内皮細胞に対して、血管内にできた血栓の溶解(線溶)に重要な働きをするプラスミノーゲンアクチベーターの産生を選択的に抑制し、血管内皮細胞の線溶活性を低下させることを見出しています。このことから血管がヒ素に曝されることで血液が固まりやすくなると考えられます。現在は、より詳細な分子レベルでのメカニズム解明を進めています。

環境汚染物質であるメチル水銀の末梢神経障害発症機序の解明

水俣病の原因物質であるメチル水銀は感覚神経障害や知覚障害、運動失調などの神経障害を引き起こします。私たちは、メチル水銀による末梢神経障害の発症機構の解明を目指して研究を展開しています。メチル水銀を投与した水俣病モデルラットの脊椎より末梢神経細胞を摘出し、遺伝子発現解析や組織学的解析を行った結果、メチル水銀は感覚神経軸索障害と後根神経節の大型神経細胞の脱落を選択的に引き起こすこと(図1)や後根神経節において炎症に関わるシグナル系が活性化されていることを見出しました。現在は、種々の感覚モダリティ(痛覚、温覚、冷覚など)に対するメチル水銀の感受性の違いなどについて詳細な検討を行っています。

図1

毒をもって毒を制す!

また、化学物質の直接的または間接的な毒性作用を利用した脳腫瘍治療に貢献するための基礎研究も推進しています。光線力学療法と呼ばれる手法は、腫瘍親和性の高い低毒性な光感受性物質を投与後に患部にレーザー光を照射して活性酸素を産生させ腫瘍細胞を死滅させる局所治療法です。私たちは既存並びに新規合成した光感受性物質の殺細胞効果とその細胞死機序の解明を通じて、脳腫瘍治療における光線力学療法の発展に貢献しています。

化学物質の毒性発現機序を解明し、ヒトの“疾病予防と健康増進”に貢献する!

私が主催する公衆衛生学教室は、薬学教育における“衛生薬学”という学問領域を担当しています。“衛生薬学”とは、栄養素や化学物質等と健康との関連性を究明して、各種疾病の原因とその機構解析などを通じて疾病予防に貢献する学問です。私たちは上述のような有害金属などの毒性発現様式と分子機構を詳細に解明する研究を通じて、毒性学的観点から、ヒトの“疾病予防と健康増進”に貢献することを目指しています。