新型コロナウイルス研究 #02

Pin1阻害化合物から新型コロナウイルス感染症治療薬の開発を目指す

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  • 治療薬開発

生命科学部 分子生命科学科
生物有機化学研究室 伊藤 久央 教授

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プロリン異性化酵素(Pin1)

プロリン異性化酵素は、アミノ酸であるプロリンがタンパク質中でシス-トランス異性化を起こすことを触媒する酵素です。プロリン異性化酵素にはシクロフィリンやFKBP、そしてPin1が知られています。シクロフィリンやFKBPは、それらに作用する医薬品が既に開発されていますが、Pin1を阻害する化合物で医薬品となっているものはまだありません。Pin1は体内の多くの臓器に分布しており、種々のタンパク質の活性を制御していると考えられています。我々(広島大学医学部 浅野知一郎 教授、東京大学 創薬機構 岡部隆義 特任教授と東京薬科大学生命科学部 分子生命科学科 伊藤久央教授)は、Pin1が関与する疾患の治療薬開発を目指し、約6年前より3大学の共同研究としてPin1阻害剤の開発を進めてきました。

covid-reseach_02-2.jpg伊藤 久央 教授

Pin1をターゲットとした治療薬開発 -- 様々な特許を出願

covid-reseach_02-4.jpg当研究室で開発し、最も強く新型コロナウイルスの増殖を抑制する化合物

上記3大学の共同研究としてまず、広島大学の浅野教授がPin1と潰瘍性大腸炎の関係を見出し、潰瘍性大腸炎に効果のある化合物の開発について検討を行いました。とある海外の製薬会社が既にPin1阻害剤として開発しドロップアウトした化合物を参考に、当研究室で新たに化合物群をデザイン合成し、広島大学にて細胞を用いてPin1阻害活性を確認したところ、顕著にPin1を阻害する化合物群の開発に成功しました。早速そのうちの最も強い活性を有し毒性の低い化合物を用い、潰瘍性大腸炎モデルマウスに投与したところ、潰瘍性大腸炎を抑制することが明らかとなりました。これらの化合物は経口投与でも十分効果を発揮し、治療薬として有望であることから特許を出願しました。次に、非アルコール性脂肪肝(NASH)もPin1が関与していることが明らかとなったため、その治療薬開発を目指しました。最初の特許化合物より物質に安定性を付与した化合物群をデザイン合成し活性を測定したところ、化合物は腸管から吸収され肝臓まで運ばれてNASHに対して抑制効果を発揮してくれました。この時点でNASHに対して新しい構造に基づく物質特許2件と用途特許1件を出願しました。さらにより高い活性を有する化合物群の開発を目指して検討し、新規な骨格を有するPin1阻害剤の開発に成功し(対象疾患はNASH)、物質特許を1件出願しました。

我々が開発したPin1抑制化合物が新型コロナウイルスの増殖を強く阻害する -- 研究成果がメディアに報じられる

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Pin1阻害剤として上記5件の特許を出願し、さらに阻害剤開発の研究を進めていたところ、新型コロナウイルス感染症が広がり始めました。以前からの研究で、複数のウイルスの増殖にPin1が関与していることが報告されていました。そこで広島大学医学部ウイルス学研究室にてPin1と新型コロナウイルス増殖の関係を調べたところ、Pin1を欠失させた細胞では新型コロナウイルスがほとんど増殖しないことを見出しました。そこで当研究室でこれまでに合成してきたPin1阻害剤候補化合物約500種の全てに対し、細胞を用いて新型コロナウイルスに対する活性を調べたところ、複数の化合物が新型コロナウイルスの増殖を強く抑制することが明らかとなりました。これらの結果を第6の特許として出願しています。また、2021年9月に広島大学と東京薬科大学の共同プレスリリース、記者会見が行われ、NHKニュースをはじめとする様々なメディアでこの研究成果が紹介されました。

Pin1阻害剤の医薬品としての開発を目指して

ご紹介してきましたように、現在まで潰瘍性大腸炎治療剤、非アルコール性脂肪肝治療剤、新型コロナウイルス増殖抑制剤の開発に成功し、現在医薬品への展開を目指して検討を継続しています。当研究室でも複数の学生が日々努力し、引き続きより高活性な新しいPin1阻害剤の開発を目指して化合物を合成しています。実際に医薬品までたどり着けるかはまだ不明ですが、そのために必要な資金調達にも尽力しています。Pin1が関与する疾患は、新型コロナウイルス感染症のみならず、がんをはじめ他にも多数存在します。世界の全ての人に平和と健康をもたらすことができるよう、これらの疾患に有効な医薬品開発を目指しています。

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