新型コロナウイルス研究 #04
超音波応答性ナノバブル技術を応用したDNAワクチンシステムの開発
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薬学部 医療衛生薬学科
薬物送達学教室 多田 塁 講師
人類史上最大の発明、ワクチン!?
ワクチンは特定の疾病に対して特異的な免疫応答を引き起こす生物学的製剤の一種で、主に感染症の予防や重症化の軽減のために広く用いられています。ワクチンは人類史上最大の発明の1つと言われ、多くの命を守っています。ところが、現在ワクチンで予防可能な感染症は20種類強しかないのが現実です。したがって、特に高病原性のウイルスや寄生虫に対するワクチン開発が切望されています。
感染症のような原因が多岐に渡るような疾病に対するワクチンを開発するためには、幅広い基礎研究によって様々なモダリティを構築することが重要と考えられています。今回の新型コロナウイルスによるパンデミックでは、ウイルスの塩基配列決定から僅か1年足らずでRNAワクチンという全く新しいタイプのワクチンが上市されました。これは突如ぽっと沸いて出てきた技術ではなく、1992年に発表されたRNAワクチンの原型をはじめ、体内での過剰な炎症を回避する修飾mRNAの基礎研究や脂質ナノ粒子を含むドラッグデリバリーシステム(DDS)の技術開発などの積み重ねによって達成されたと言えます。私たちの薬物送達学教室では、このような様々なモダリティの技術基盤発展の一翼を担うべく、脂質ナノ粒子の開発を通じて次世代ワクチンとして期待される粘膜ワクチンや超音波応答性ナノバブルを用いたDDSの研究開発をおこなっています。今回、私たちのこれら研究基盤を融合することにより新しいタイプの核酸ワクチンを開発できるのではと考えました。
超音波に応答する微細な泡で核酸を送達する!
今回の新型コロナウイルスのパンデミックでは、RNAワクチンとウイルスベクターワクチンが初めてヒト臨床応用されましたが、本研究ではこれらとは異なるモダリティであるDNAワクチンの開発を目指しています。DNAワクチンは、RNAワクチンと比較して保存や輸送に超低温が不要なことや大規模製造が比較的容易などの利点を有するものの、ヒト実用化には至っていません。この理由として、DNAを細胞内へ効率的かつ安全に送達する技術が未成熟な点が挙げられます。本研究では、まさにこの点を私たちの独自技術である超音波応答性ナノバブルを利用して解決しようとする試みです。超音波応答性ナノバブルとは、脂質ナノ粒子に超音波造影ガスを閉じ込めたナノサイズの微細な粒子です。超音波応答性ナノバブルに対して超音波を照射すると、キャビテーションと呼ばれる小さい気泡の生成と崩壊が起き、これに伴い生じるマイクロジェット流が駆動力となり核酸や薬物を細胞の中に送り込むことができます。私たちはこれまでに、超音波応答性ナノバブル技術を用いることでプラスミドDNA・mRNA・siRNA・miRNA・アンチセンスオリゴヌクレオチドなどの核酸を安全かつ効率的に遺伝子導入することで種々の遺伝子治療が可能なことを細胞実験や動物実験で実証しています。
超音波応答性ナノバブルを用いてDNAワクチンを開発する -- 次のパンデミックに備えて
DNAワクチンは、生体内での遺伝子導入により、抗原と呼ばれる病原体が持つ分子を身体の中で作らせることによって病原体に対する免疫応答を誘導します。つまり、生体内で作られる抗原の量・期間と場所がワクチン効果に大切な要素になります。私たちはまず、本事業の支援を受けてDNAワクチンに用いるプラスミドDNA(環状2本鎖DNA)のデザインから研究を始めました。これには例えば、DNAからmRNAへの転写を担うプロモーター領域の選択と細胞質でmRNAから翻訳されるタンパク質の行方(細胞の中や細胞の外に分泌など)等があります。現在、これらの設計したいくつかのプラスミドDNAを用いてマウスの筋肉に対して効果的かつ安全に遺伝導入が出来るような超音波応答性ナノバブルのデザインと条件の検討をおこなっています。私たちは本研究が全く新しいタイプのワクチンモダリティへの道に繋がると期待し、研究に取り組んでいます。これにより、新型コロナウイルス感染症のみならず次のパンデミックに備えた幅広い技術基盤を社会に提供したいと考えています。