研究活動研究者が語る 東薬の先端研究 生命に学び、生命をデザインする

冨塚 一磨 教授

生命科学部 応用生命科学科 生物工学研究室

ゲノム探求の航海にいざ出発!

近年の技術進歩により、生命の設計図であるゲノム配列の解析が様々な生物種において急速に進みつつあります。約30億塩基対からなるヒトのゲノム配列情報も、今や自宅のパソコンで気軽に閲覧でき、配列決定に四苦八苦していた自分の学生時代を思い起こせば、夢のような環境が実現しています。一方で、私達はゲノム配列の意味をまだほんの少ししか理解できていません。その解読作業の鍵として注目されている、“ゲノムを書いて調べる”技術の開発とその応用が、私達の研究テーマです。誕生から40億年を経て、ヒトは生物として初めて自らの設計図を手にしました。このタイミングでゲノム探求の航海に出発できることはまさに奇跡と感じながら、研究に取り組んでいます。

ゲノムを書く:生命をつくる

2016年、米国の研究者が中心となって『ゲノムを書く:生命をつくる』という野心的なプロジェクト、The Genome Project-write(GP-write)が始動しました。おそらく最初は試行錯誤の連続となるでしょうが、“ゲノムを書いて調べる”サイクルを回し続けることで、自然界の生物のゲノムを読むだけでは得られなかった情報が蓄積し、ゲノムの設計原理に対する私達の理解が飛躍的に深まると期待されます。実はゲノムサイズの小さな(約100万塩基対)マイコプラズマでは、機械で合成した(書いた)DNAによる細胞の増殖に成功しています。ただしこれをゲノムサイズのより大きな生物で行うためには、技術革新が必要であり、特に重要なのが、設計、合成されたDNA配列が実際に細胞や個体でどのように機能するかを試験する技術の確立です。

ヒト人工染色体(HAC)を武器に合成生物学に挑む

当研究室では、『合成生物学』と呼ばれるこの新たな研究領域が、生命科学のあり方を根底から変える可能性を秘めていると考え、ヒト人工染色体(Human Artificial Chromosome: HAC)というオリジナルの技術(鳥取大学と共同開発)でその進歩に貢献することを目指しています。ヒト染色体の安定維持・分配に必要なセントロメアやテロメアという配列のみを含むよう改変されたミニ染色体であるHAC(図)には、従来の遺伝子工学技術では扱いが難しい数百万塩基対の巨大なDNA断片が搭載可能であり、さらにそれはヒト細胞やマウス個体で安定に保持されます。すなわちHACを利用することにより、設計、合成されたDNA配列の機能をヒト細胞や動物個体で試験することができるのです。

生命のオペレーティングシステム:HACに搭載するアプリを開発する

細胞をスマートフォンに例えるなら、HACは大容量のプログラムからなる高機能なアプリケーションを搭載できるオペレーティングシステムと言えます(図)。私達が現在開発中のアプリケーションは、新規バイオ医薬品の創出や再生医療の発展に貢献する応用技術が中心ですが、例えば絶滅動物の染色体を復元して、生物進化の謎に迫るような基礎的な研究も可能になると期待しています(図)。こうした取り組みを通じて、HACを合成生物学において国際的に広く利用されるツールに育てていくことが私達の目標です。