研究活動研究者が語る 東薬の先端研究 ヒトの臓器をつくる!

山口 智之 教授

生命科学部 生命医科学科 再生医科学研究室

ドナー不足は非常に深刻

重症の臓器不全や外傷により臓器が機能不全に陥った患者を救うには臓器移植が必要です。しかし、臓器移植におけるドナー不足は非常に深刻で、日本臓器移植ネットワークの統計によると、日本では約16,000人の人が臓器移植を希望しているが、1年間に約400人、つまり待機患者の約3%の人しか移植を受けられないというのが現状です。そのため、海外渡航による臓器移植が頻繁に行われ、いくつかの経済的に貧困な国では臓器売買が行われていることも事実です。このため、2018年に国際移植学会は臓器売買および海外渡航による臓器移植を禁止するイスタンブール宣言を採択しました。

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臓器を創出する技術の開発が必要

ドナー不足を解消し、臓器移植を待つ多くの患者を救うには、臓器を創出する技術の開発が必要です。この臓器を作るための源として期待されているのが人工多能性幹細胞(iPS細胞)です。iPS細胞は2006年に京都大学の山中伸弥教授が世界で初めて作製に成功した体中のどの組織にも分化する能力をもつ万能細胞で、微量の皮膚や血液から作製できるので、誰の体からでも作ることができます。患者自身のiPS細胞を使えば、移植後の拒絶反応の心配のない臓器を作ることが期待できます。

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iPS細胞を使った再生医療

iPS細胞が開発されて以来、再生医療の研究は大きく発展しました。シャーレの上で様々な細胞に分化誘導する技術開発が盛んに行われ、網膜色素上皮細胞、ドパミン神経、血小板、心筋細胞などの治療用細胞をiPS細胞から作製することに成功しています。なかでも網膜色素上皮細胞シートは加齢黄斑変性症の患者自身のiPS細胞から作製され、患者自身の移植治療に用いられ、その安全性、有効性が確認されています。一方で、シャーレ上でつくられた細胞の多くは未成熟なため機能が不十分なことと高額なコストが問題です。また、3次元の構造を持ち、成体と同じ機能を発揮できる「臓器」をシャーレの上で作ることは現在の技術ではできません。

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動物のからだを借りて臓器をつくる

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臓器は胎児が成長する過程でおこる非常に複雑な細胞間相互作用によって形成されますが、現在の技術ではこの細胞間相互作用をシャーレの上で完全に再現することができません。そこで私たちは動物の体を借りてiPS細胞を臓器に成長させる方法を開発しました。この方法で作った膵臓は構造も機能も生体内の膵臓と同じで、糖尿病のマウスに移植すると血糖値が正常になり、糖尿病を治療することができました。現在のところ、我々が開発したこの方法がiPS細胞から完全な臓器を作る唯一の方法です。

ヒトの臓器をつくる

げっ歯類のiPS細胞から臓器をつくることには成功しましたが、ヒトの細胞を動物の体の中で正常に発生させることは未知のチャレンジですので、ヒトのiPS細胞から臓器をつくるにはまだまだ高いハードルがあります。しかし、不可能を可能にするのが生命科学研究の真髄です。ヒトのiPS細胞が動物の体の中で臓器を形成するための手法を探求し、世界中で臓器移植を待つ患者を救う「究極の再生医療」を実現したいと思います。

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